訪れた東秋留周辺は 以前訪れたのは 50年前の1973年10月の当時は秋多町
その後秋川市 さらに五日市町と合併してあきる野市と市名を変えて
風景も 田園地帯から住宅地へと 大きく変わっていました。
1973/10/15 の熊川-東秋留間の風景です
多摩川 右岸 東秋留の側では牛が放牧されていました
列車は 73系4両編成
多摩川 左岸 熊川側は ススキの原 でした
鉄道ピクトリアル 1975/10月号 通巻311号 掲載写真
橋梁は 1975年から79年にかけて
老朽化のためプレートガータ橋から一部トラス橋へ架け替えられています。
多摩川堤防に到着してみて ビックリ!
河川敷きは 森 へと変貌し 橋梁はその森の中に埋もれてしまっているのです。
13:55 運用番号1348 武蔵五日市→拝島 JRE233系中央線色 6両/以下同じ
河川敷きから見えるの ここの隙間だけ
14:13 1448運用 拝島→武蔵五日市
14:23 1442運用 武蔵五日市→拝島
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