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2025/03/19

昔むかし 冬こそ北海道3

 冬こそ北海道 episode3

1975/2/21 のつづきです

帯広駅構内の入れ替え機関車を眺めている合間に 貨物列車の到着です。

D51579+FC

機関庫
左の機関庫の前/右にターンテーブルです
39670



39670が行ったり来たり



11:48 422レ 釧路800→1148帯広1227→滝川1805 DD51+PC

39670


12:47 1D おおぞら1号 函館445→帯広1247/1249→釧路1452 キハ82
先ほどの上り列車は大勢の列車待ち客が居ましたが
下りレ列車の到着を待つ人は ひとりだけ

飽きもせず1時間半ばかり 眺めていたようです。

>825D 帯広1310→広尾1503
 >国鉄バス広尾駅1510→襟裳岬1627→えりも岬YH泊り

札幌まで行く予定が 寝坊したために襟裳岬止まり/泊まり となってしまいました。

この日と 記念品

帯広駅の入場券  なんで4枚もあるのか?

実は 一枚買って裏を見ると 9998
よって数枚連続して買って 0001 をget!
写真は入場券の表と裏を別々にスキャン後合成した
ちょっと変なのが 1/追加印+0000の裏のチェックマーク
このマーク その日の締めの時にチェックするマークではないでしょうか
当日 自分が9998を購入して 0001まで直後に購入しているので
1+0000は締めの時をへていないはずなのに
なぜその締めのチェックマークがあるのでしょうね? 

この日と その数日後の 記念品


つづく

2025/03/18

昔むかし 冬こそ北海道2

 冬こそ北海道 episode2


1975/2/21 3日目

この日の予定は 糠平始発610で帯広→広尾→襟裳岬→様似→苫小牧→札幌
広尾線 日高本線の乗りつぶしの予定でしたが
なんと寝坊して始発を逃すという 大失敗 をしてしまいました。

次の列車は 9:52 で この列車では札幌までは行けないので
襟裳岬YH泊りに急遽変更でした。

そして もう一つ 大失敗

広尾の駅前から 襟裳岬YHの宿泊予約をした時 電話を掛けたボックス内に
過去2年間ほどの旅行を記録したメモ帳を忘れてしまったのです。

そのメモ帖には
旅行した時の経路や場所,時間 乗車した車両や番号を記録していたものでした。

どこにいつ行ったなどの行動情報は 記憶から再生が可能でしたが
時間や乗車した車両・番号など数値情報は 記憶にも残っておらず
50年後の今日 写真にコメントを付けるのに大いに難儀している次第です。

そんな訳で 4時間遅れの糠平出発で そして 計画も大修整です。

>724D 糠平952→帯広1112 キハ1218
               下りホームは 723D糠平942止まりの列車です
2両編成の十勝三俣側の車両ばかりの記録で 帯広側の記録がありません
記録しているのか 撮影しているのか 目的と行動がめちゃくちゃな
未熟な自分です。
この頃の機材は
ミノルタSRT101にフジクローム ミノルタSR1sにTRI-X 又はコニパンSS と
2台使いでポジ,モノクロを使い分けていました。
出発着前の 駆け込み乗車 でしょうか

724D車中から 士幌線 上士幌駅 9600+ワフ122193+ワム83968・・
上士幌駅に停車中の貨物列車

SLダイヤ情報 弘済出版社 1973/10月改正のSLダイヤ情報 が手元にありますが
一年前の情報なので確認した列車が記載されていないのが多いです。  


帯広には11:12着

広尾線の広尾行きは 帯広13:0発
2時間も時間があるので 帯広の構内・駅中での鉄です。

6D 特急おおぞら4号 釧路920→帯広1117/1119→函館1930 キハ82
上り列車だからでしょうか 多くの乗客です
憧れの82系気動車
この当時の特急は 見るだけで 乗車する機会はあまりありませんでした。

ディーゼル特急は 電車特急のボンネットのような派手さはありませんでしたが
大きな曲面ガラスを使った シンプルでありながら優雅な姿はピカ一でした。
出発をお見送り

現在は高架ホーム2面・4線と改良が実施された帯広駅ですが
当時/1975年は帯広駅の南側にヤードが広がり 多くの機関車が入れ替え作業中でした。
1978年 の帯広駅の写真です/上が北
引用: 国土地理院電子国土 

帯広駅構内で入替作業に忙しい機関車たちです。
39670 

9654



9654+トラ55240+トラ57965・・・

駅構内で機関車の入替作業を見ているだけで楽しめる
単純人間でした。


つづく

2024/03/08

昔むかし 冬こそ北海道 沼ノ端3

昔むかし 冬こそ北海道

沼ノ端3

函館からの夜行列車で沼ノ端へ
遊び始めてそろそろ3時間 その間途切れることなくやって来る貨物列車たちです。

1974/2/22

室蘭本線 南側の線路際です

10:10 225レ 室蘭→岩見沢 D51423+PC        08-28

D51けん引の旅客列車です


10:20 4482レ 釧路→東室蘭 D51561+FC
/8273レ 東室蘭→岩見沢 D5170   08-31
4482レ 釧路→長万部 D51561+FC / 8273レ 東室蘭→岩見沢 D5170
8273レ 東室蘭→岩見沢 D5170

10:42  224レ 岩見沢→室蘭 C57+PC        p04-02
09-01
09-02
線路際 この位置での撮影ですが  警笛など一度も鳴らされない時代
線路内 と 鉄道敷地内 が明確に区別されていた時代 でした

11:12 8276レ 帯広→苫小牧 D51713+セキ+タキ     09-03
8276レ 帯広→苫小牧 D51713+セキ+タキ / 5795レ 苫小牧→清水沢
5795レは完ぺきに被られました


千歳線
11:15 31D 北斗1号 キハ82           09-07


沼ノ端での撮影列車の一覧です
まだまだ列車は途切れないのですが 沼ノ端を離れ 次の予定に移動します。

2024/03/07

昔むかし 冬こそ北海道 沼ノ端2

 昔むかし 冬こそ北海道

沼ノ端2

室蘭本線の北線路脇に 移動しました。
苫小牧に向かう列車は これから減速・停止なので
絶気(注1)での通過が多いです。

1974/2/22

8:00 2350レ 名寄→五稜郭 D51+FC
雪に覆われた白い道床に 黒い4本のレールが 真っすぐに地平線まで伸びています
地平線も水平に真っすぐです
広いですねぇ
苫小牧方面を見ていますが 線路以外の人工物が 見当たりません
注1: 絶気とは”絶気運転”ですが広辞苑第4版には記載がありません
まだ使っている4版

8:15 223レ 室蘭→岩見沢 C57144+PC        08-16


撮影は 親父のリコーフレックスにFujiColor100
バイトで購入した MinoltaSRT101にFujiChrome と SR1sにTRI-X と
3台のカメラを振り回していいます 

千歳線
8:20 22D 北斗1号 キハ82
         08-20 

8:36 千歳線を札幌方面に下る DD51けん引の貨物列車ですが
詳細はよくわかりません
貨物列車時刻は ”SLダイヤ情報”(弘済出版社)を参考にしていましたが   08-22
当時はSLブームで SL列車のみの記載でDLの記載がないという
まだまだ中途半端な SLだけのダイヤ情報誌なのです

9:32 苫小牧札幌キハ17            08-23
北海道で見るキハ17は新鮮です

室蘭本線
9:40 5570レ 北見→苫小牧 D51+FC        08-25

室蘭本線 苫小牧ー遠浅
上を通るガーター橋は 千歳線 沼ノ端-植苗間 上り線です

9:55 1294レ 追分→東室蘭 D51286+FC       08-26
次から次へと貨物列車がやって来ます
この時から
この時から13年後の 1987年
国鉄が崩壊し JRが発足する などと云うことを誰が想像したでしょうか
国労,動労,本社の行動から 国鉄はダメかも? の予感はありましたが。。。

石炭生産がまだ盛況だった頃 道内石炭専用貨車/セキ も現役です。

函館からの夜行列車で沼ノ端の地に到着後 遊び始めて3時間
ひっきりなしにやって来る貨物列車と まだまだ遊びます。