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2025/06/21

昔むかし 飯田線 番外編

 昔むかし 飯田線
番外編  1974/10/1改正 ダイヤグラム

このダイヤグラムは 
50年前 1975/6/19-20 に行った ”飯田線の列車を眺める旅” 記事の
資料として作成しました。

飯田線の列車を眺める旅 は
50年前の 1975/6/19-20 に行いましたが
全く細かな行動の記録も記憶もない
あるのは 当時の写真と その写真一枚ごとに書かれた数文字のメモだけ

 その時の細かな行動時間を推測するために作成した 当時のダイヤグラムです。

その結果 十分ではないのですが 概略が判明でき
すでに報告した ”昔むかし 飯田線” の記事が作成できました。


作成に使用する資料は
 国鉄監修 日本交通公社の時刻表 1974年10月号 及び
1975/3月伊那機関区機関車運用表(飯田-辰野間」) です。


主な凡例

※基本的に平日のダイヤです
普通列車:平日時刻のみ記載
優等列車:平日・土休時刻も記載
貨物列車:平日・土休時刻も記載

※線種
実線  :定期列車
破線  :曜日・月日指定で運転される列車
点線  :臨時列車
一点鎖線:運転停車などがある場合に 作者が推測した時刻により作成した列車時刻

※線色
赤  :急行列車
青  :快速列車
黒  :普通列車
緑  :貨物列車 

※特記事項
・「列車を眺めること」を目的に作成していますので 実際の列車の走りとは異なります。
・市販の時刻表からの読み取りですので,回送列車などは記載されていません。
・運転停車なども考慮されていませんので,追突・衝突などがあるかもしれません。
・特に貨物列車は 運用表から10分単位での読み取りですのです。
・追い越し・退避・交換などは 場所・時間とも作者による推測の場合がありますので
 ご注意ください。

ダイヤグラムは
OuDia http://take-okm.a.la9.jp/oudia/index.html  
により作成しています。







2024/10/12

文京区春日からの眺め

 ほぼ50年前に卒業をした時 在籍していた学科は
正面に見える2号棟と呼んでいた この建物をメインに使っていました
この2号棟は数年前に建て替えられ 現在この場所はグラウンドになって様変わり
手前のグリーンベルトは当時のまま残っています。
左隅に少しだけ姿が見えるのは1号棟
L字形の左が主に教室が配置され 右は卒研学生・院生の研究室や先生方の研究室で
自分の卒業研究室は右側の6F 6間仕切りある左から2番目でした。

研究室には学部10名,院生・修士課程が2名 博士課程が1名いて
学部の卒業研究生は 朝から夜遅くまで実験・実験の毎日でしたが
院生が実験をしている姿は見たことがありませんでした。

院生は学部学生にテーマを与え 上がって来た実験データで論文を書いて
年度末には 教授・院生・学部学生連名の論文/紀要 がまとめられていた
と記憶しています。

2号棟6階卒研研究室から眺めた  左が3号棟/実験棟 右は1号棟/事務所など
この1号棟は現存していますが 現在後ろに新しい建物が建築中で
完成すると1号棟は取り壊されるでしょう。
実験棟だった3号棟はだいぶ前に高層の建物に建て替えられているので
そうすると私が在学していた当時の面影は すべて消滅です。

周囲を見てみましょう
2号棟の屋上からの眺めです

東を眺めます
手前左に礫川公園 右に丸の内線後楽園駅 奥には後楽園遊園地
少し右に向きを変えると
左下に後楽園駅 正面には長嶋,王が活躍した後楽園球場
外野席の入場料より スタンドで買うビールの方が高かった と記憶しています

南には 小石川後楽園の森が広がり
首都高の高架橋の奥には都心のビル街が広がります
霞が関ビル 東京タワー 国会議事堂 と
今の姿からは想像が出来ないくらい質素な街並みです


西・新宿方面を眺めると 高層ビル街に日が沈みます

新宿の高層ビルも 京王プラザホテル 住友ビル等 まだわずか数棟です

学んだ建物は立て替えられ現存せず
周囲の眺めも昔の面影は皆無と云えるぐらい様変わり
50年と云う時間は 何もかもが変わってしまう時間なのでしょう 

文京区春日から眺めた 1974年秋,50年前の東京 でした。

2024/10/08

都電 路面電車の頃 7

 

都電7

1974/5/21の続きです

東京都交通局 27系統 32系統

荒川7丁目付近
16
都電7000形 7087
17
都電7000形 7071 
石畳がいいですね                19
都電7500形 7505
21
京成3000形
24
都営7500形 7515 荒川車庫行
02
都営7500形 7505 王子駅雪
03
町屋一丁目付近
都営7500形 7513 王子駅行
04
路線の土地勘も 車両についても 詳しくはありません
すみません 車番以外の解説も無 になってしまいました 
 
そろそろ撤収ですね

京成 町屋駅  都営7500形
27
京成3000形 3336 上野行
08
町屋2丁目から荒川7丁目の辺りを
ぶらぶらと歩き回った一日だったようです

最後に当時の車両の形式図です
都営6000形 形式図

都営7000形 形式図


都営7500形 形式図

引用:鉄道図書刊行会
日本民営鉄道車両形式図集
自分の資料からは3000形の形式図が見つかりませんでした

1972/11/12に27系統と32系統を残して廃止された都電
廃止前の 1972/6月,7月に 23,24,28,29,38系統を訪れ
1973/1月と1974/5月に 残された27,32系統を訪れた時の記録です。

今回記録した1974/5/21から およそ4か月後の1974/10/1からは

荒川線として運転され 以来50年に渡り運行し続けています。

2024/10/06

都電 路面電車の頃 6

都電6

1974年5月21日

前回の半年後にも訪れていました
荒川線と呼ばれることになる 4ヶ月ばかり前でしたので
名称は 昔のままで
東京都交通局 27系統/三ノ輪橋-王子駅 32系統/荒川車庫-早稲田
  
町屋一丁目付近
都電7000形 7094 王子行
サボは27系統の系統番号を掲げています            22
この日は町屋付近をブラブラしたようです
23
都電7000形 7084 三ノ輪橋行
24
京成をアンダークロス
26
都電7000形 7083 王子行
27
28
30
自分としては珍しく 人がたくさん写っている写真ばかりです
写っている というより 写ってしまった が正確かもしれません

都電7000形 7057
33
都電7000形 7077 三ノ輪橋行
01
都電7500形 7508
04
都電7500形 7514
女性がステップを駆け下りてきました        07
女子高生も続々と降りてきます          08
多くの方が無関心な中 この娘だけは「何やってんのぉ!」的な視線です  /09

電車から降りて 歩く姿が スマホを見ながらダラダラではなくて    10 
生き生きとしていますね        
もう一人睨んでいる方がいましたネ  ちっちゃい子が       13
つづく

2024/09/12

昔むかし 尾小屋鉄道 2

 昔むかし 尾小屋鉄道


尾小屋駅の構内に留置されている車両を眺めて
小松への戻りは  尾小屋8:17→新小松9:05 だったと思われます。


1803表記の キハ3
Wikipedia尾小屋鉄道 では 
1964年遠州鉄道奥山線廃止後譲り受け
切り抜き文字の車番の上3桁「180」の部分を塗りつぶし
すぐ上に「キハ」の文字を書き込んだ  と記載されています。

この当時/1974年 塗りつぶされたはずの 180 が復活されてますね

子供たちがホームで列車を待っています
遠足かなぁ

この子は 4歳か5歳くらいかな
考えて見ると 自分も この子と同じことをしているのですね
60年以上の長い時間 ずぅ~っと ずっと


午前早い時間で予定の行動は終了  ノンビリと東京へ帰りましょう。

ただ ノンビリし過ぎたからでしょうか
どのようにして移動したのか まったく覚えていないのです。
撮った写真から 乗った列車,時刻など推定してみましょう。

ここ以下の文章は 多分そうだたのでしょうか であります。

金沢駅 3006M 特急「白山2号」クハ485 貫通タイプ 
後 EF8112

”ココはどこだろう”
クハ76,サロ改造車  
モハ70027
新潟色
クハ68050

”ココはどこだろう” の駅を出発しました

二本木駅でしょうか
そして この窓の形は 165系の貫通ドアではないかと
山は 妙高山ですね

ここまでの写真から ”ココはどこだろう” の駅は直江津のようです

午後の早い時間の 489系白山 隣にキハ17系が停車していますから
こちらの駅は長野駅 14:36 3005M 白山2号 ですね

これらの写真から 小松から上野までの行程を推定してみました

小松937_321M→金沢956/1010_3006M白山2号→直江津1224
直江津1250_とがくし1号→長野1424
長野1510_310M信州4号→上野1912 

直江津までは列車が無いので特急を利用
直江津からは周遊券で乗れる急行を乗り継いで上野にたどり着く
だったのでしょう

今回の乗車券類です



347Mのグリーン券と 金沢-直江津間の白山特急券は
どこへ行ったのか 見つかりませんでした。