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2025/02/23

昔むかし 追い出され旅行 3

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1975/2/13

翌日昼間は自由行動なので 那智の滝まで 観光旅行にお出かけです。 

紀勢本線 椿→那智

椿駅
916D 紀州3号 キハ58


湯川駅

那智駅
この駅舎も健在のようです/GoogleMapで確認
那智駅 海岸

那智の滝
この時初めて見た 那智の滝 立派な滝でした
私の滝Best3
称名滝 華厳の滝 那智の滝 です

紀伊勝浦駅
現在の駅舎 駅前広場は 共に大規模に改築されて 当時の面影はありません

12D 特急くろしお3号 キハ81
紀伊勝浦駅 DF5029+PC12 臨時列車のようです
DF5029+PC12 / 12D 特急くろしお3号 キハ81
このこ線橋は 現在も改造されて残っているようです

橋杭岩 / 多分2903D車内から

2903D 紀州2号 キハ58 / 347D 新宮→和歌山市 キハ35

椿駅から椿温泉へ 徒歩で向かいます
椿温泉付近から 丁度日の入りの時間でした

今晩は 追い出し旅行 最大の目的 追い出し/追い出されの宴会です。
つづく

2023/10/21

昔むかしの多摩 中央線5


昔むかし/50年前 の多摩 中央本線5
多摩川橋梁 右岸上流側・下流側

1973/9/21

夏休み中は 市営プールで監視員のアルバイトをしていたので
鉄 はお休みだったようです。

夏休み 冬休み 春休み は季節労働者にとっては 稼ぎ時ですから(笑)

101系 M’cMTTTM’Mc+M'cMTc/TcM’Mc 10両
中央線の101系は 全電動車で配置を開始した後 6M4Tに変更したため
付属編成の並びにその歴史が残っていました

中央線101系 当初の編成は
allM8両編成  M'cMM’MM’Mc+M'cMc
でしたが 早急な混雑緩和・変電所容量不足・経費節減などから 
all M編成から 7両で4M3T 8両で6M2T 10両で6M4T とするため

基本編成は allM8両編成のM’Mを抜いて 新製のTT’Tを挿入して
基本7両編成 M'cMTT’TM’Mc 

付属編成は 基本から抜いたM’Mと 付属M'cMc をばらして 
新製のTc2両を加えた6両を組み替えて
2種の付属3両編成 M'cMTc と TcM’Mc 

10両6M4T編成  M'cMTT'TM’Mc+M'cMTc/TcM’Mc
が誕生した そうです


1403D アルプス7号/こまがね3号 新宿→松本/飯田 DC58系

日が暮れ始めても粘ってますね
408M 南小谷→新宿 Ec165系 新宿<McM'TsTsTbMcM'Tc+M'cMTcTc>松本
サハシ165の特徴的な窓配置が印象的です
現在は食堂車が連結されている列車が 全く無い時代
当時は 急行列車でもビュッフェがあり
特急には食堂車が連結されているのが当たり前(1部を除く)でした。

6M あずさ4号 松本→新宿 Ec183系 新宿<TcMMMMMMTsTc
151系 181系 大好き人間にとっては 食堂車を保有しない天敵183系が
房総でじっとしていればいいのに 中央線に侵略してきました 

1973/10/4

EF13かな
モニタールーフが無く デッキも長い物なので EF13でしょう

Ec101系
最近のデジカメの世界では 車両はピタッと止まって写るのが当たり前 ですが
この当時はフィルム感度はASA/ISO100 高くてもTRI-Xで400
曇りなど暗い環境ではどうしてもSSが稼げないので ぶれてしまいました

Ec103系 上り特快

Ec101系 ヒガンバナ/彼岸花
花の色彩をモノクロで表現する方法を勉強しなければいけません

Ec165系 ヒガンバナ/彼岸花

Ec101系

秋の色彩が 少しずつ 広がっています。
つづく

2023/10/15

昔むかしの多摩 中央線2


昔むかし/50年前 の多摩 中央本線2

多摩川橋梁 右岸上流側・下流側

1973/5/5
こどもの日

河原では家族連れが遊んでいます がこちらは一人で電車ごっこ
 
70系スカ色
101系が登場する前の 73ばかりだった頃
茶色の世界に クリームと青のカラフルな色彩/当時としては
人の姿しか見えないロングシートに 移り行く景色も見れたボックスシート
小さい頃から のあこがれの電車でした
Tc76M71M71Tc76 と70系だけでの編成ですね

EF13 16+FC
流れ撮り/? に挑戦

遜色/臨時急行 かいじ

多客期の土日
普段は普通列車に使用されている115系スカ色が 臨時急行として運転されると
不足する車両は 小山から湘南色の115系を借りたり
101系の代走などで 運転されていました

グリーン車の連結は 1970年から1972年までで この時期は普通車だけです。

1970年は無所属の人生したが 一番勉強した時期でもあってヒマは無かったけれど
1971.1972年は 時間はたっぷりあったのに
スカ色115系+スカ色Ts165 の記録がありませんね
好き嫌いの激しい時期でした


日の入りを眺めに 右岸下流側に移動です

1403D アルプス7号/こまがね3号 新宿→松本・飯田 DC58,キハ58 400番台
富士急行 小海線 飯田線 大糸線糸魚川 へ乗り入れるため
DC急行が2往復 残されていました
25‰の登り勾配を 歩いてるの としか思えないような速さで走る姿が 懐かしいです

Ec101系
この列車の付属編成は M’cMTc編成ですね 

Ec101系
右側/東京 3両が付属編成で 3行目と4両目に貫通幌が無いのが判ります
また付属編成は 2両目にパンタが付いているので TcM’Mc と
上の写真の列車とは異なる編成ですね

408M アルプス6号 Ec165系 松本<TcTcM’Mc+TcM'McTbTsTsM'Mc>新宿

遠距離から 編成を真横に見るシルエット
こんな変な写真に凝っていた 変な時期です。
つづく

2023/10/14

昔むかしの多摩 中央線


昔むかし50年前 の多摩 中央本線
多摩川橋梁 右岸上流側

50年前/1973年 の自宅は東京都国立市
立川市・日野市の多摩川橋梁までの ”足” は これより前は自転車
この時は隣のおじさんからもらった原付CB50 自転車に比べ楽ちんでした。

平日は学生だったので一応通学 日曜はかなりの頻度で通っていたと思う
とはいっても午後からのお出かけが多かったので
午後日陰になる下流/東からの記録は少なく
上流/西 かつ 右岸/南 からの記録が多くなってしまいます。

ところで 多摩川橋梁 
橋梁は堤防から見上げる位置なので すぐ脇は上り線 その奥の下り線は見にくく
普通に眺めると 上り線列車を追いかける写真ばかりになってしまいます。
なので正攻法の写真ではなく 変な写真ばかりを量産していました。


1973/04/28

多摩川橋梁の上流・堤防南側は 今は一帯が住宅地ですが 当時は水田が広がり
用水路が 中央線の下を暗きょうとなって 西から東に流れていました。

EF15 61
隧道ポータルはレンガ積みで印象的な外観です

Ec165系 **+McM’TcTc>松本
その水路とトンネルポータルです

通過するのは 中央線165系 付属4両編成は McM’TcTc>松本 
とTc2両を松本側に連結する中央線独特の編成でした

EF15+ホキ
情けないことに 距離が離れると EF13とEF15の区別が付きにくくなります

屋根にルーフモニターが有るとEF15 無いとEF13
側面窓が 2+5+2はEF15 2+3+2はEF13
と大雑把なくくりはありますが
EF15初期型はルーフモニターが無く 側面窓も2+3+2 と
EF13と同じのもあるので 断定はできません。

車長は共に14mですが 連結器間距離はEF15が17m
EF13が17.5mと50cm短いので
デッキがEF15では1.5m EF13では1.75mと 25cmほど短いのですが
17mでの25cmの差の判読は 難しいです。

当時 EF15初期型は/1973/3/31現の配置
新鶴見に 4,5,7,8,21号機
東京に 29,30号機が配置されていましたので
中央線に顔出すこともあったかもしれません。

一応ルーフモニタと側窓数で判断しますが
そんな訳で 間違えがあったらば ごめんなさい

8404レ たてしな2号 EF64+PC 岡谷→新宿


1973/4/29

同じことを翌日もやっていたようです

4M  あずさ3号  4M 181系 TcMMMM’TdTM’sMsTc>松本
3メートル程度の用水路の水面に近寄って 一枚
立ちあがって 後追いを一枚
もう少し機敏に動けば編成が入っただろうに

8404レ たてしな2号 EF64+PC 岡谷→新宿
季節列車たてしな の客車は 品川からの借りものだったそうです
品川にはスハ43/36両 オハ46/15両 オハ47/4両 スハフ42/16両 オハフ45/2両(1973/3/31現)が配置されていたので これらが充当され
臨時かいじ と違って こちらは急行用車両で
中央線では貴重な 客車急行列車でした
でも 出来ればTR23ではなくて TR47に乗りたいですねぇ


陽がだいぶ西の空 低くなってきたので 下流側に移動です。

4M  あずさ3号  松本・八王子1633→新宿1711 181系 
松本<TcMsM'sTTdM’MM’MTc>新宿

545M 新宿1633→立川1702→甲府 Ec115+Mgc83

EF15+FCタキ3000かな?

太陽は西の空低い所にいるようですが 雲が出てきているので姿が見えません
日を改めましょう 撤収です
つづく

2023/03/19

50年前は・・・中央線 2


50年前は・・・中央線 続きます

EF64 16 / トンネル坑口
板橋隧道 と銘板に記載されています

1404D 糸魚川・小諸→新宿 急行アルプス5号・八ヶ岳 キハ58系
当時 中央線は全線電化済みでしたが
非電化区間への乗り入れ用にキハ58主体の急行が2往復運転されており
使用されていたキハ58系は
普通車は キハ58 400番台/長編成用 キハ65/冷房電源付き
キハ58000形/富士急行所有車
G車なのにダブルエンジンのキロ58  でした。

新宿・高尾-甲府間の普通列車は
70・73系スカ色 と 115系スカ色 でした。
541M 高尾→甲府 70・73系スカ色 ・・Tc76>甲府

544M 甲府→高尾 70・73系スカ色 高尾<Tc76・・Tc79>甲府



405M 新宿→南小谷 アルプス5号
165系 新宿<Mc165M’TcTsTsTbMcM’Tc

4M あずさ3号 181系 新宿<TcMM’MM'TdTMs’MsTc>松本 




東海道・山陽のお古とか 特急のクセに遅いとか 色々云われましたが
食堂車が連結された立派な特別急行列車でした。

この年の後半までは。。。。。。。