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2025/01/14

1975年 鶴見線 3

鶴見線 3


武蔵白石から浜川崎へ

鶴見線 武蔵白石駅 Ec73系クモハ73/武蔵白石駅進入/ TcMMc
鶴見線本線の武蔵白石駅
武蔵白石駅 Ec73系クモハ73 武蔵白石駅停車中/編成TcMMc


Ec73系車内

武蔵白石から浜川崎へ到着です

南武線 浜川崎駅 ED164
浜川崎駅 クハ16/編成TcMc
南武線 浜川崎駅 クハ16211+クモハ11244


28

南武線 浜川崎駅 クハ16211+クモハ11244 Mc車内
車体に打たれたリベットが懐かしいです

この辺で撤収としましょう

不思議なコースで移動しています
立川方面に戻るのに 浜川崎→尻手→川崎/東海道線ホーム
東海道線 川崎駅 Ec113系 クハ113

当時は立川御茶ノ水後楽園の定期をもっていたので中央線経由
川崎→東京→中央線で帰宅したようです


2025/01/12

1975年 鶴見線2


八王子から横浜線で東神奈川経由鶴見線へやって来ました。

鶴見線 2

海芝浦駅 探検です
海芝浦駅 駅舎
当時から 改札の外は某社の敷地で 現在は立ち入ることが出来ないそうです
この当時も禁止だったのかもしれませんが まあこんなことは出来た時代でした

海芝浦駅 Ec73系 McMTc>鶴見




浅野駅 Ec73系4連

浅野駅 Ec73系


安善駅 EF1013

武蔵白石駅 Ec73系
鶴見線大川支線 武蔵白石駅 クモハ12


鶴見線大川支線で 大川駅へ クモハ12
09

武蔵白石は鶴見線駅と大川支線駅が ありましたが
1996/3月 大川支線の武蔵白石駅は廃止されました。
つづく

2025/01/11

1975年  中央線,鶴見線

ここに2本のフィルムがある

タイトルは 鶴見線
日時は S50年1月20日
昭和50年は 1975年 丁度50年目です。

フィルムはTRI-X 100フィート缶を36枚撮り20本にカットして
新宿ヨドバシの店頭に使用済みのパトローネが大箱に入れて置いてあるのを
頂いてきて カットしたフィルムを入れ使用していた。

現像はD76 1:2希釈現像 液温度29℃8分
希釈現像は原液の温度に温度をコントロールした水をくわえて
目指す現像液温度が作れるので 温度管理が容易
さらに 一回ごとに使い捨てなので 液の劣化考慮不要と便利な方法でした。

フィルムは酢酸臭も無く カーリングもしておらず
ケースの端のコマが多少変色している程度で かなりいい状態
フィルムは蓋つきのケースに入れてクローゼットの奥 暗い場所に保管してあるのに
両端のコマの変色はちょっと不可解ではあります。。。

このフィルムを20年ぐらい前にデジタル化したデータで
これからの話を進めたいと思います。


フィルムの解説はこの程度にしておいて 中身を見てみましょう。

1975年 1月20日
当時住んでいたのは東京・国立市
国立駅から八王子に向かい 横浜線のホームから構内を眺めている。

八王子駅 横浜線ホームから

八王子機関区 右でDD13が入替中 左で高崎のDD51 甲府のED61
八高線のD51 C58はDD51に置き換わり姿を消してしまったが
中央線の貨物列車用にEF13,15 入替にDD13が配置され
高崎のDD51 甲府のEF64 ED61が出入りしていた

八高線 高崎行DC,・・キハ35+キハ17>高崎
八高線は まだ非電化 車両は八王子機関区と高崎第一に配置されていた
1両目は片運,トイレ付なのでキハ17 番号は3桁みたい
2,3両目はキハ35のようです

101系,高尾<M’cMTTTM’Mc+M’cMTc
中央線の主力101系 編成は基本7両+付属3両
付属編成は全電動車編成から6M4T化した時のやりくりから
Mc’MTc と TcM’Mc の二種類がありましたが Mc’付付属ですね

横浜線 八王子駅 Ec103系

八王子から横浜線で東神奈川へ 京浜東北線に乗り換えて鶴見に向かいました。

鶴見からは鶴見線に乗車,かぶりつきてます。

06鶴見線 鶴見-国道 Ec73系 運転席後から/鶴見駅発車

新芝浦駅 Ec73系

鶴見線 鶴見-海芝浦 Ec73系車中/車窓運河

新芝浦-海芝浦 Ec73系
海芝浦駅に進入です

海芝浦駅 Ec73系 McMTc79134>鶴見




海/運河に面したホームには 独特の雰囲気がありますね
つづく