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2025/06/17

昔むかし 飯田線 6


昔むかし

7 田切ー伊那福岡 

上片桐駅1318→247M→田切駅 

田切から伊那福岡方向に歩いて 田切ー伊那福岡間 中田切川の橋梁で 

1228M 1228M Ec3両編成
Mc510r54/d1D6D6D2_Mc52200代/d1D6D7D2_TPgcクハユニ56>豊橋
中央アルプスが見えていないのと 
午後なので 東から西を向いた順光の構図のようです
クハユニ56が連結されているので
前日東上ー野田城間でクハユニ56を連結した1221M
さらにこの日の朝 目撃した 1221Mの辰野折り返し1228M と判断しました

4403M こまがね2号 新宿1030→飯田1532 Mc165+M164Tc165>豊橋

こまがねは アルプスの付属4両での運用なので 通常豊橋側にTcが2両連結なのですが
Tc1両だけの3両での運転が当時あったのかは不明です

※14:50頃 251レ ED19+FC



※15:10頃 255M Ec3両 Mc51_Tc47 100代_Mc43>豊橋



田切の大カーブへ移動しましょう
つづく

2025/06/15

昔むかし 飯田線 5


昔むかし 飯田線
1975/6/16

5  辰野→伊那本郷?

上諏訪で宿泊した翌日
前日は 南寄りの豊橋-本長篠での行動でしたので
この日は 北寄りの飯田-駒ヶ根での行動だったようです。

相変わらず 出発時間 目的地 がわかりません

伊那新町駅

ED18 2+ワフ
この後 この列車は支線に進入していきます
駅の構内から分岐する支線と思われますが ここはどこなのでしょう
列車内からの撮影ですが 列車は辰野から豊橋方面へ向かい 進行右側の車窓です
区間は 午前中の撮影場所へ向かっての移動ですから 辰野ー伊那大島間と思われ
Wkipedia飯田線の項,停車場・施設・接続路線では
七久保駅から右側豊橋向きに ”石油ターミナル専用線” の表示があります。 


当然ながら今は廃止されているでしょうし
GoolgleMapで確認してみても よくわかりません

七久保の支線とするならば この日の撮影地は 七久保以遠なのですが
これまでの写真からは 推測が付きません

この日最初の線路際での写真です
※ Ec2両編成上り Tc68400_Mc53007>豊橋
時間は午前中と思われますが 曇り空で周囲の山も見えず 太陽の陰も見えない
飯田線では 車両の向き/奇数・偶数向き も不定なので
列車の進行方向すら分からず 記憶もまったくありません
 
唯一 RM国鉄時代2006/8月号p45に ”飯田線電車編成表1978/3/31現” の記事があり
Mc53007→豊橋方 Tc68400→辰野方 の記載がありました。

上の写真に記載の車両の向きは
この時から3年後 1978/3/31まで同一の編成であるならば との希望的記載です
以上から この場所は 左が辰野 右が豊橋 と推定です

Ec3両編成 
Mc510r54/d1D6D6D2_Mc52200代/d1D6D7D2_TPgcクハユニ56/d1D6D1D1D1d>豊橋
前日の東上ー野田城間の朝一番では 1221Mにクハユニ56が組み込まれていましたので
写真右 クハユニ56連結側が 豊橋方 確定です
この列車が1221Mであるとすると 11時以降に伊那大島以北の走行なので
絶好の推測標的列車の登場です

以下 上記の列車が1221Mである と仮定して推測を進めます
9512M 急行天竜1号 辰野952→豊橋1320 Tc165+M165+M164+Tc165>豊橋
MM’組込から東海地方配置の165系ですので 急行伊那か天竜
1221Mの後に通過なので9512M天竜1号と推定しました。

さらに 1221Mの前の通過列車は 238M 上諏訪→平岡 と推定でき
238Mは山吹で1221Mと交換ですので
撮影場所も 山吹-上片桐 と推定できます。

4402M こまがね1号 Mc165M’164Tc165Tc165
辰野958→天竜峡1203
増々 山吹ー上片桐間が有望なのですが 撮影場所はピンポイントでは確定ができません。

辰野方面へ 移動します

クハ47116 
車番11*までは読み取れますが3桁目が不鮮明です
配置表によると 114か116ですので 不鮮明ながら 116だと判断します
天竜峡,飯田以北で11時から13時まで 相対ホームで 上下列車の交換がある駅は
飯島駅 伊那市駅 飯田駅 上片桐駅 /Wkipedia飯田線による
伊那市 飯田は街中の駅で雰囲気が違うので 除外
候補は 飯島か上片桐
飯島では 天竜 駒ケ根の後に1221Mクハユニ56が通過なので 上片桐 と推定

よって上記写真の
待機列車は 240M上諏訪1057→上片桐1320→飯田1251
伊那大島から上片桐まで ひと駅間歩いて撮影し
右の後到着列車 247M飯田1246→上片桐1318→上諏訪1521 に乗車し辰野方面に移動

さらに あさイチ乗車列車は 504M 伊那2号辰野844→伊那大島1004 下車
と推定いたします。

移動です

無邪気に遊んでいますね

最大の謎 であった 2日目の午前中の行動をまとめると こんな動きかな
ダイヤグラムにあさイチ乗車列車 504M を水色蛍光ペンでトレースして
改めて眺めてみると
504Mは伊那新地では下り列車と交換していないことに気が付く
次の上諏訪始発238Mだと 伊那新地で231Mと交換
あさイチ乗車列車は231Mか? と再び?マーク

しかし231Mだと伊那大島下車後の撮影列車のつじつまが合わない
やはり この日のあさイチの行動は ?です に後戻りです。
 つづく

2025/06/14

昔むかし 飯田線 4

昔むかし 飯田線

4  本長篠→辰野 乗車

1974/6/14

写真集から推定すると
この日の線路際での撮影は 長篠城ー本長篠間での撮影で終了
辰野方面に移動したようです

本長篠から辰野への乗車列車ははっきりとは分かりませんが

急行券100kmまで200円であることから
603M 急行伊那2号 本長篠1135→1353飯田1400/255M→辰野1701
又は
165系より旧型国電に乗車することを優先して
603M 急行伊那2号 本長篠1135→1215中部天竜1227/257M→1718辰野
のどちらかだと思われますが
旧型国電を選択したような気がしますね

本長篠から辰野まで 乗車中の記録です
ED19 5


※辰野駅
Ec4連 Mc51/d1D5D5D2+ 

ED19 5




ED195 Ec4連 Mc51/d1D5D5D2+


Tc47 104


この当時の辰野駅は 塩嶺トンネル完成前の時期で
中央本線と飯田線の分岐駅として位置づけられていたので
旧型電気機関車 旧型国電の集合地だったようです。
つづく

2025/06/12

昔むかし 飯田線 3

昔むかし 飯田線

3  本長篠 にて

1974/6/14

本長篠駅から線路沿いに歩く

飯田線 長篠城ー本長篠間
※9:35頃 640M Ec4連,辰野<Mc52004広窓_T48021_Tc65400_Mc52001狭窓

10:10頃 ※463レ EF1016+FC
当時 カメラは2台運用でした
1台は Minolta SRT101 にポジを入れて三脚固定
もう1台は Minolta SR1s にモノクロ 手持ち撮影 でした

10:20頃 631M Ec4連
辰野<Tc68/ドア間窓数D6D_Mc43+Mc/ドア間窓数D6D_Tc47100台_Mc51/54

10:50頃 9621M 豊橋→中部天竜 快速奥三河 80系Tc86



11:15頃 ※462レ EF1020+FC


ここでの機関車は2列車ともEF10でした。

写真集から推定すると
この日の線路際での撮影は 長篠城ー本長篠間での撮影で終了
辰野方面に移動したようです

一日目 2行程目の動きをまとめてみました。
貨物列車は
RP416号1983/3月号とじ込み ダイヤグラム 昭和57/11/15改正
を参考にして言いますが
7年も先の資料ですので どの程度の信ぴょう性があるのか疑問なので
ダイヤグラムには記載を控えました。
つづく