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2023/03/31

1973/3月 東京駅14・15番線 2

 この当時 東京駅発の寝台特急列車は

16:00さくら から みずほ はやぶさ 富士 出雲
あさがせ1号 あさかぜ2号 あさかぜ3号の順に 19:25瀬戸まで 
3時間25分の間に9本の列車が 14・15番線を出発して行きました。
 
15番線 5レ回送 特急みずほ入線
15番線 17:00 5レ みずほ 出発 最後尾オハネフ14
14系の最後尾デザインは急行用12系そのままで
 ナハネフ22と比較すると
旅愁を感じながら見送るには イマイチ でした

14番線 7レ回送 富士 入線


14番線 18:00発 7レ 富士 西鹿児島行 EF65541+20系

13番線 ホームから撮影

17レ 富士 食堂車ナシ20 5

あと数日で見られなくなる 15番線 表示
15番線に 2001レ回送 出雲 入線 20系
15番線 18:20発 2001レ 出雲 浜田行 20系ナハネフ22 
                     / 14番線 7レ 富士 20系
7レ 18:00 富士 出発 最後尾ナハネフ22

15番線 2001レ 出雲 20系 ナハネフ22

2001レ 出雲 牽引機関車EF65536 14番線で機回し
品川から回送出雲をけん引してきた機関車は
客車を15番線に据え付け後
解放・神田方に引上げ・富士出発後の空いた14番線を有楽町方へ機回し
15番線に据え付けた客車に連結します。

14番線 神田方から入線 18:25発 9レ回送 あさかぜ1号 EF65530+20系

個ネを4両・Aネ1両と唯一の個ネを携えた ”殿様あさかぜ” の入線です

15番線 2001レ 出雲 20系ナハネフ22 / 16番線 新幹線0系
当時は夜行寝台特急列車の見送りの方々が多く見受けられました


14番線 9レ あさかぜ1号 20系


114番線 出発18:25 9レ あさかぜ1号 20系ナハネフ22


この後 11レあさかぜ2号 13レあさかぜ3号 15レ瀬戸
101レ銀河1号/紀伊 103レ銀河2号 と続きますが
とりあえずここらで終了です

この日から8日後の 1973年3月31日
丁度50年前の 今日

展望車を連結したつばめ,はと や
151系パーラーカー以下一等車4両連結の こだま,つばめなど
印象的な列車が発着していた第7ホーム14・15番線から
最後の列車が 旅立ち
翌日 1973年4月1日からは 使用が停止され
その姿も 記憶の中の鉄路 となりました。

2023/03/30

1973/3月 東京駅14・15番線

1973年3月31日

この2年間に東北新幹線・上越新幹線が起工され
東京駅に2面4本の新幹線ホームが必要になったことから
在来線のホーム/第7ホーム14・15番線 を新幹線用に転用するために
東海道線本線の優等列車が主に使用していた14・15番線が使用停止になった。

最終的には第7ホームは東海道新幹線が使用することになり
東北・上越新幹線用には更に2面4線の転用が必要になって
中央線が空に上がってしまったのでした。


1973年3月23日
 その消えゆく栄光の第7ホームの姿を眺めに
九州特急の出発の時間に 訪れてみました。

第7ホーム15番線から 東海道新幹線16番線に停車中の0系

15番線 1630発 1レ さくら 長崎・佐世保行 14系
牽引機関車は機回し中

14番線を神田方から有楽町方へ機回し中の 特急さくら牽引機EF65527



ホームから機関車を撮っていたら 機関士さんから
「降りて前から撮ってもいいよ」と声を掛けられての撮影でした
当時は時々特別な便宜を図ってくれることがありましたが
今ではありえないことですね

14番線 1620発 307M 急行東海4号 153系 クハ153-0番台

1レ さくら

14番線 3レ回送 はやぶさ 神田方から入線 EF65539+20系
                  /13番線 厳横須賀線 113系スカ色

15番線 1レ さくら  14番線 3レ はやぶさ

15番線 5レ回送 みずほ 神田方に引き上げ EF65+14系

5レ回送 みずほ 
神田方の引上線から15番線に入線
15番線 3レ みずほ 
熊本行 / 14番線 5レ 特急はやぶさ

16:45 3レ はやぶさ 出発 最後尾ナハネフ22


3レ はやぶさ 長崎/西鹿児島行
優雅なナハネフ22の後姿が段々と遠ざかって行きました。
つづく

2022/10/04

鉄道100年の頃 東京駅

今年は 新橋-桜木町間に鉄道が開通してから 150年目の年


50年前の1972年 この年は鉄道開通から100年/一世紀  記念の年だった。

鉄道開通100年目の年は 鉄道記念日の10月14日を中心に
機関区の公開や 記念列車の運転など 各地で華やかな行事が行われていました。

その華やかな行事が行われている傍らで
いつも通りの列車の運行されていました
その時から半世紀が過ぎて
当時の車両はほとんどが姿を消して 線路際の風景も大きく変わってしまっています。

1972年の鉄道風景 鉄道開通100年目の姿を 振り帰ってみましょう。


 鉄道100年の頃
最初は 東京駅 14番線 15番線 16番線 の姿です。

1972/7/7

東京駅
ブルートレインが発着していた在来線ホームだった15番線から
16番線の新幹線0系を見ます
新幹線ホームは 16から19番線 の2ホーム4発着線でした。
当時の在来線15番と 新幹線16番線から出発待ちの新幹線0系
ひかり はすべて16両編成でしたが こだま はまだ12両編成があった時代でした。

3025M 特急あまぎ3号 157系 
定期列車2往復 季節列車2往復と 伊豆へは急行がメインの
ほとんどの特急は まだ 「特別急行」/特別な急行 の時代でした。

女性の姿は 膝が出ている姿 当たり前でした

ネガの並びからすると 157系あまぎの後 大船まで遊びに行ったようです。
目的が何であったのか まったく覚えていませんが。。。
こんな写真が一枚だけありました

東海道本線大船駅 
35レ 荷物列車 EF58119+PC

大船からまた東京駅に戻ったようです

第7ホーム 売店/キオスク で

7レ 特急富士,機関車機回し,EF65507トレインマーク
14番線に富士を回送後 機関車を開放
神田方に引き上げてから 大阪方に連結するため 15番線で機回しを行ってる最中です
新幹線開通の1964年は 15番線の八重洲側に機回しの為の16番線がありました。

1972年夏に在来線に残る長距離列車は 寝台特急9本と
1101レ桜島・高千穂 101レ紀伊・銀河1号 103レ銀河2号
の3本5列車のみ と激減しています。

そんな訳で在来線16番線は 新幹線の16番線に置き換わってしまいました。


15番線から 5レみずほ が出発する時間なので 17:00頃でしょうか
5レ みずほ は 1972/3月号時刻表では 荷物室・電源車が連結されていない編成,
14系と思われるのですが 20系で出発して行きました
どうしてでしょう?

18:00 7レ 富士 出発です
14系と云う 急行用の12系からデザインを頂いた車両など 
まだ特別急行とは名乗っていない時代でした。

2001レ出雲 14番線 機関車機回し,EF65502


9レ 特急あさかぜ1号,神田側から14番線に進入,EF65509+20系
機回しするホームが空いていないので
神田方に出雲より前に回送されていたようです

食堂付近でウロウロしていたら 食堂従業員が整列してくれました

ナシ2017

機回し専用線がない東京駅の14番15番の2線だけで
1600さくら から1925瀬戸 まで3時間25分の間に
9本の寝台特急を回送,入線,機回し,出発をこなしていた この時代
そのありがたさが実感できていない若造でした。 


春から秋へ大きく季節が変わります

1972/10月 

11:41頃 東京駅15番線/181系 2024M あさま2号 クハ180他 到着直後
      新幹線16番線 0系 線新幹線ホーム
東京駅から姿を消した151系の伝統を引き継いだ181系が
東京駅15番線に再び姿を現していました。


登場した車両/形式は すべて現役を引退して 一部は博物館で見ることが出来ます。
つづき