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2025/02/27

昔むかし 追い出され旅行 5

5
1975/2/15

後遊び2
朝から 須磨 で朝の上り列車をメインに撮影する。

山陽本線 須磨付近

9:00頃 42レ荷物列車 東小倉→汐留 EF58+PC荷物

9:00頃 33M 特急みどり1号 大阪823→大分1753 Ec485系

P01-49 9:15頃 204レ雲仙2号 長崎→京都 EF58+PC / 103系

各停 Ec73系

EF60/初期型+FC

EF60/初期型+FC / EF65+FCコンテナ

EF65519+FC

9:20頃 203M  急行つくし1号 大阪844→博多1823 Ec475系 
大阪<TcMMTsTb・・・>広島

9:25頃 3626M新快速 Ec153系 

01-50 9:40頃 42レ 彗星5号 EF586+PC14
ブルートレインの牽引機は 直流電化区間ではEF65Pとほぼ決まってましたが
大阪発着の一部の列車には EF58が充当されていました
 
後遊び2 の第一の目的は これを眺めることでした

EF65+EF66/無動+コンテナ



寝台特急 EF58+14系
最新の寝台特急用客車を20年前の機関車が引っ張る 興味深い光景です

新快速 JRW EC153-0番台

寝台特急 EF65+PC14

24山陽電鉄2001+2000

 後遊び2 須磨付近での行動を終了し 移動します
    
注記:列車時刻及び列車番号,列車名称は 記録紛失の為推測に寄ります
                                  つづく  

2024/09/07

東戸塚の線路際

東戸塚で鉄

1975/4月 学校を卒業・就職した時 移り住んだのが
横浜市戸塚区平戸町
まだ東戸塚という駅が存在しなかった頃 でした。

1975年当時
東海道本線 清水谷戸トンネルと現在の東戸塚駅間は
山と林と草地に囲まれた こんな所でした。

戸塚方向を見る
カーブに挟まれた直線部分に東戸塚駅が建設されました

トンネル方向を見る
清水谷戸トンネルを抜けて 直線から左カーブに入ったところです

1980/10/1 東戸塚駅が開業すると それまで山林だったこの当たりは
木は切られ 山は削られ 地面は掘り起こされて平らな地面に変貌し
そこに 銀行が建ち パチンコ屋,居酒屋ができ
山と木の代わりにビルが建ち 新しい街が出来上がってしまいました。
 
現在 山林の面影が残るのは
東戸塚駅西口の清水谷戸トンネル周辺のわずかな場所だけ となってしまいました。

そんな大きく変貌したけれど 50年前を思い出しながら
東戸塚ー清水谷戸トンネル間の線路際をブラブラしてみました。

東海道旅客線をブラブラする前に 50年間の貨物線 現在の横須賀線です

 11:22 2010M 成田Ex10号 JRE259系 Ne013編成


東海道線の線路際です

12:15 3022M 踊り子2号 JRE257系-2000番台 NA12編成
戸塚方面から 清水谷戸トンネル方面に振り向いて 後追いを一枚

1975年の 同じような地点,同じような方向を眺めた記録です



なぜ この車両が東海道線を走っているのだろう?
成田Exはスカ線のハズなので。。。
列車は 戸塚方面から左カーブから直線に入り
東戸塚駅の橋上駅舎をくぐって 右カーブに入ったところです

1975年 今の立ち位置より20m位戸塚寄りで
東戸塚の橋上駅舎が建つ直線が見渡せる位置です 
東戸塚橋上駅は この列車の中間あたりに位置しています
列車の後ろの丘には 現在はマンションが立ち並んでいます

この日の立ち位置  前に先客お二人がいますが
一番前の方の位置が 1975年の153系の構図ですね

12:26 1862E 小田原→籠原 JRE231系湘南色 S05編成

12:32 3029M 踊り子9号 JRE257系-2000番台 Nc32編成

東戸塚駅
12:46 1139S →久里浜 JRE235系スカ色 F38編成

12:46 1868E 小田原→籠原 JRE233系湘南色 E07編成

この日は 2024/8/28
鎌倉車センから長野へE217系の配給が28日か29日にあるらしい と聞いていたのですが
通過予想時間を過ぎてもやってこないので どうもこの日ではないようです。
隣でカメラを構えている方も 「明日ですね」と撤収されました。

私は もう少しこの辺をお散歩してみましょう

2023/03/30

1973/3月 東京駅14・15番線

1973年3月31日

この2年間に東北新幹線・上越新幹線が起工され
東京駅に2面4本の新幹線ホームが必要になったことから
在来線のホーム/第7ホーム14・15番線 を新幹線用に転用するために
東海道線本線の優等列車が主に使用していた14・15番線が使用停止になった。

最終的には第7ホームは東海道新幹線が使用することになり
東北・上越新幹線用には更に2面4線の転用が必要になって
中央線が空に上がってしまったのでした。


1973年3月23日
 その消えゆく栄光の第7ホームの姿を眺めに
九州特急の出発の時間に 訪れてみました。

第7ホーム15番線から 東海道新幹線16番線に停車中の0系

15番線 1630発 1レ さくら 長崎・佐世保行 14系
牽引機関車は機回し中

14番線を神田方から有楽町方へ機回し中の 特急さくら牽引機EF65527



ホームから機関車を撮っていたら 機関士さんから
「降りて前から撮ってもいいよ」と声を掛けられての撮影でした
当時は時々特別な便宜を図ってくれることがありましたが
今ではありえないことですね

14番線 1620発 307M 急行東海4号 153系 クハ153-0番台

1レ さくら

14番線 3レ回送 はやぶさ 神田方から入線 EF65539+20系
                  /13番線 厳横須賀線 113系スカ色

15番線 1レ さくら  14番線 3レ はやぶさ

15番線 5レ回送 みずほ 神田方に引き上げ EF65+14系

5レ回送 みずほ 
神田方の引上線から15番線に入線
15番線 3レ みずほ 
熊本行 / 14番線 5レ 特急はやぶさ

16:45 3レ はやぶさ 出発 最後尾ナハネフ22


3レ はやぶさ 長崎/西鹿児島行
優雅なナハネフ22の後姿が段々と遠ざかって行きました。
つづく

2022/09/27

鉄道100年の頃 2

 

1972年10月14日 鉄道100年を祝う 鉄道記念日 

田町で記念列車を眺め
その足で 東京機関区を訪問して 時を代表する機関車を眺めて
こちらにもやって来ました。


 田端いえば 東北線のブルートレイン
EF8011に ゆうづる のヘッドマーク付きです

東京多摩育ちの田舎者には ピンクの機関車は新鮮でした

良く知らなかった EB101

独特なパンタグラフ取り付けが特徴の EF573 EF5711
他のEF57と異なりパンタが中央寄りのEF571 EF576 E58153
多摩育ちが知っているデッキ付き機関車は EF10 EF11 EF12 EF13 でしたからね

この日ここまでは 私が出かけた所は比較的淡々としていたのですが
この後 驚きの人々の行動を目にします。

田端から 東海道線 多摩川の橋梁に移動です

上りの鉄道100年記念列車を待つ 多摩川の河川敷きは多くの人々で賑わっています

 157系の 下り特急あまぎ 上り113系
下りのあまぎの列車番号を調べようと 時刻表を探すと 1972年10月号が 無い!
省がないので1973/10月号を見ると 1035Mあまぎ3号東京1430発 らしい

クハ153-27 印象的な前面形状

鉄道100年記念列車 C577+旧型客車
驚くことに 鉄橋上にも見物人がたくさんいます

当時 列車の頻度が低い地方線区では
部落間を結ぶ道が不自由だったなどから鉄橋を歩く場合もありましたが
運転密度の高い線区では 当然入り込む人達はいなかった出来事です

人はいい加減なもので「みんなやっているから」と自分の行動を正当化しますよね
群集心理も恐ろしいものです
自分の行動は 他人のまねではなく 自分で考え判断して行動しましょう
河原に集まった大勢の方々だけでしたらば 大盛況 だったのに 
橋の上に登っていた大勢の輩の為に かなり異常な記念列車となってしまいました。

静けさが少し戻って来た多摩川河川敷 でちょっと鉄

京急デハ700形

159系 修学旅行用車両ですが この当時はすでに修学旅行からは撤退,
季節・臨時列車に使用されていましたので 伊豆急下田行きの臨時列車でしょうか

京急デハ1000形  当時の京急の主力車両でした

都営5000形

今の時代以上の 明らかに無謀な行為を見た 50年前の驚きの一日でした
つづく