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2025/01/07

昔むかし 上越線で2

1975年1月 冬の上越線 土樽ー中里間の
つづきです

越後中里へ向かって雪道を歩いていると
親切な地元の方が車を止めて「乗って行け」とここまで乗せていただきました

3602M 急行よねやま 165系

 前も後ろも目いっぱいの恥ずかしい写真ですが。。。
ポジフィルムは ミノルタSRT101 白黒フィルムは ミノルタsR1 で撮影でした

クモニ83+70系 
この時間帯には上りの普通列車は見当たらないので 臨時か回送かと思われます

2042M 特急いなほ1号 485系200番台


ポジは紙製のマウントでの保存だったので
紙の湿気とマウントに付いている接着材の影響でしょうか
カビとフィルムの変色が進行しています
やや黄色いのはその影響です

70系 クハ76067他
この普通列車も時刻表には出て来ません
列車の行き先サボは 新潟-水上 なので営業列車であることは確実です
上越線ではスキー客の為に
冬季に越後湯沢止まりの列車が水上まで延長運転されることがあるので
424Mの延長かもしれません

貨物 EF16+EF16+DD20 1+FC
この時代の貨物列車は SL牽引の以外の列車時刻は中々手に入らなかったので。。。

2010M 特急とき5号 181系
181系はとき あずさ あさま に用いられていましたが
あさまは当初からTd車無の9両編成
あずさも1973年12月にTdが外され Tdが残るのは とき だけとなりました
この当時は食堂車が連結されない列車は 特急 とは呼べない などと思っていましたが
今や 食堂車ってなに? と云われそうな時代です
TcMMMMTdTMsMsTcの10両で運転されている 181系最後の姿です

9704レ 佐渡53号 EF16+EF58+12系客車
貴重な客車列車重連なのに お尻がきれていますねぇ

EF15151+FC
当てもなく歩いて 列車が来たら撮る そんな状態だった

725M 70系
2012M 特急とき6号 181系

帰り道も水上でちょっとブラブラです 

 水上駅 EF5872+12系客車
1974/11月号時刻表には 年末年始臨時列車は掲載されていないので列車番号は不明です
臨時または回送なのかも判別は付きませんが 新潟側に前補機を連結したところです
 EF1621+EF5872+12系客車
EF16の補機が連結されて重連で清水トンネル越えです 



今では貴重な EF58+EF16 の写真です


水上からの上野行きは客室に入れないくらいの満員状態

朝も早かったので デッキで立ちながらウトウト状態でした


この日の行動をダイヤグラムにまとめました





2024/09/12

昔むかし 尾小屋鉄道 2

 昔むかし 尾小屋鉄道


尾小屋駅の構内に留置されている車両を眺めて
小松への戻りは  尾小屋8:17→新小松9:05 だったと思われます。


1803表記の キハ3
Wikipedia尾小屋鉄道 では 
1964年遠州鉄道奥山線廃止後譲り受け
切り抜き文字の車番の上3桁「180」の部分を塗りつぶし
すぐ上に「キハ」の文字を書き込んだ  と記載されています。

この当時/1974年 塗りつぶされたはずの 180 が復活されてますね

子供たちがホームで列車を待っています
遠足かなぁ

この子は 4歳か5歳くらいかな
考えて見ると 自分も この子と同じことをしているのですね
60年以上の長い時間 ずぅ~っと ずっと


午前早い時間で予定の行動は終了  ノンビリと東京へ帰りましょう。

ただ ノンビリし過ぎたからでしょうか
どのようにして移動したのか まったく覚えていないのです。
撮った写真から 乗った列車,時刻など推定してみましょう。

ここ以下の文章は 多分そうだたのでしょうか であります。

金沢駅 3006M 特急「白山2号」クハ485 貫通タイプ 
後 EF8112

”ココはどこだろう”
クハ76,サロ改造車  
モハ70027
新潟色
クハ68050

”ココはどこだろう” の駅を出発しました

二本木駅でしょうか
そして この窓の形は 165系の貫通ドアではないかと
山は 妙高山ですね

ここまでの写真から ”ココはどこだろう” の駅は直江津のようです

午後の早い時間の 489系白山 隣にキハ17系が停車していますから
こちらの駅は長野駅 14:36 3005M 白山2号 ですね

これらの写真から 小松から上野までの行程を推定してみました

小松937_321M→金沢956/1010_3006M白山2号→直江津1224
直江津1250_とがくし1号→長野1424
長野1510_310M信州4号→上野1912 

直江津までは列車が無いので特急を利用
直江津からは周遊券で乗れる急行を乗り継いで上野にたどり着く
だったのでしょう

今回の乗車券類です



347Mのグリーン券と 金沢-直江津間の白山特急券は
どこへ行ったのか 見つかりませんでした。

2023/10/17

昔むかしの多摩 中央線3


昔むかし/50年前 の多摩 中央本線3

多摩川橋梁 右岸上流側・下流側

シルエット写真作りに熱心な時期
おかしな若者 の時期ですね

下り EF13+FC

上り EF13+FC
いずれもルーフモニターが見えないので EF13 らしいです

1973/5/6-12
日にちの詳細が はっきりしませんが6日から12日の間と思われます。

4M あずさ3号 181系 松本<TcMsM'sTTdM'MM'MTc>新宿
太陽は見えていますが 春霞が濃いようで 奥多摩の稜線は見えていませんね

Ec103系
シルエットでは101系か103系か中々区別が付きませんが
東京方3両が付属編成でないこと
冷房付編成であること
編成が **MM’Tc>東京 であること
一両ごとの高尾方に行き先表示が付いていること
などから 103系と思われます

Ec101系
微かに見えてきた奥多摩の山並み 右には大岳山も霞んで見えています

8584M 快速河口湖 河口湖1604/1706→大月1715→新宿1856
71系 TcMMTc+TcMMTc
太陽のかけ具合がいいですね
この列車の甲府方4両は Tc70形 M71形 の4両で編成されているようです

70系の低屋根タイプ71系が基本でしたが この当時は
編成中には73系が2両 含まれているのが一般的でした

当初70系で運用されていた新宿-甲府普通列車を増強するため
なぜか 73系を投入したのですが 73系はトイレがないので
70系と混結することでトイレ問題に対応した と聞いたことがあります


9M あずさ5号 Ec181系 松本<TcMsM'sTTdM'MM'MTc>新宿
あずさ通過時は 太陽が掛け過ぎました

太陽が奥多摩の山に沈み過ぎましたので リベンジですね。
つづく

2023/10/15

昔むかしの多摩 中央線2


昔むかし/50年前 の多摩 中央本線2

多摩川橋梁 右岸上流側・下流側

1973/5/5
こどもの日

河原では家族連れが遊んでいます がこちらは一人で電車ごっこ
 
70系スカ色
101系が登場する前の 73ばかりだった頃
茶色の世界に クリームと青のカラフルな色彩/当時としては
人の姿しか見えないロングシートに 移り行く景色も見れたボックスシート
小さい頃から のあこがれの電車でした
Tc76M71M71Tc76 と70系だけでの編成ですね

EF13 16+FC
流れ撮り/? に挑戦

遜色/臨時急行 かいじ

多客期の土日
普段は普通列車に使用されている115系スカ色が 臨時急行として運転されると
不足する車両は 小山から湘南色の115系を借りたり
101系の代走などで 運転されていました

グリーン車の連結は 1970年から1972年までで この時期は普通車だけです。

1970年は無所属の人生したが 一番勉強した時期でもあってヒマは無かったけれど
1971.1972年は 時間はたっぷりあったのに
スカ色115系+スカ色Ts165 の記録がありませんね
好き嫌いの激しい時期でした


日の入りを眺めに 右岸下流側に移動です

1403D アルプス7号/こまがね3号 新宿→松本・飯田 DC58,キハ58 400番台
富士急行 小海線 飯田線 大糸線糸魚川 へ乗り入れるため
DC急行が2往復 残されていました
25‰の登り勾配を 歩いてるの としか思えないような速さで走る姿が 懐かしいです

Ec101系
この列車の付属編成は M’cMTc編成ですね 

Ec101系
右側/東京 3両が付属編成で 3行目と4両目に貫通幌が無いのが判ります
また付属編成は 2両目にパンタが付いているので TcM’Mc と
上の写真の列車とは異なる編成ですね

408M アルプス6号 Ec165系 松本<TcTcM’Mc+TcM'McTbTsTsM'Mc>新宿

遠距離から 編成を真横に見るシルエット
こんな変な写真に凝っていた 変な時期です。
つづく