2019/09/04

八高線 1974年1975年

昔むかし 八高線
1974年1月

これまでの繰り返しの画像になるのですが。。。

小宮駅-多摩川橋梁間のカーブの内側の荒れ地から

キハ17系2両+キハ35系2両
右遠方が多摩川橋梁です。



カーブの外側に移動です。
キハ17系3両

 左遠方が多摩川橋梁です。

1974年3月
暖かくなり始めたので水面を入れた画像 なのかもしれません

DD13+DD51
当時のDD13は一次形 シルエットでライトが一灯の頃 と分かります。

多摩大橋からの眺め です。
 ここでのお気に入り 大岳山 を画像に入れると
多摩川の水面が入りません。
水面のギラギラを撮りたかったので
大岳山は我慢 だったのでしょう。 たぶん

そして翌年の冬
1975年1月

八王子駅 横浜線ホームから キハ17系
 手前は 中央線のホームで 八高線ホームはその奥です。
後ろに見える駅前の建物が 時代を感じさせてくれます。

日にちは変わって
多摩川堤防からの夕焼けとキハ35系4両



列車が多摩川橋梁を拝島方向に走り去ったところで
昔むかし八高線 も走り去っていきました。

2019/09/03

八高線 1973年10月

昔むかし 八高線

日付が変わって
1973年10月

秋の気配を感じるようになった 小宮駅 
”ある日の朝” です。





下り拝島方面行きのキハ35系の到着です。



上り八王子行きのキハ35系

行き先幕が「東飯能」と出ていますが上りホームなので???です

タブレットの受け渡しを行なっています。


この時代の八高線は
単線非電化 腕木信号機とタブレットの世界
1970年代前半では 東京近郊でも当たり前の風景だったのです。
上り列車,接近です。


お客さんは結構いらっしゃいます

下りも到着して,上下の交換です。

ホームを離れる列車に駅員さんが お見送り。

場所を変えてこ線橋の上から眺めます。

上り列車の到着です。
距離がありますが駅員さんの動きに注目です。

駅員さんがタブレットをもって
上りホームから下りホームへ移動しています。

下り列車が到着すると
タブレットの受け,渡しを行い,ホームをトボトボと戻ります。
下り列車で踏切がふさがれているので
線路内を横切って改札に向かう乗客もいます

下り列車が出発して行き,
駅員さんはタブレットを肩に担いで上りホームへ移動します。

タブレットを上り列車に引き渡しが完了したのち
列車は出発して行きます。
駅員さんはホームで列車を見送ります。 

地平に戻りました。
上りホームでは多くの方がお待ちです。


下り列車も到着です




八王子から貨物列車がやって来ました。

DD51690 SG付重連形ですが SG不要の貨物を単機でけん引です。

再び駅員さんの動きをみてみましょう。
上下線の間の線路内で走行中の列車からタブレットの受けをしています。

上り列車が来ない時間なのでしょうがおおらかな時代でした。

上り列車到着です。 キハ20系
乗客が乗降し

タブレットの受け・渡しを完了して



ホーム中ほどへ後部確認のため移動して


列車,出発後の安全確認しながらの見送り

上り,下りのホームを行ったり来たり
タブレットの時代の駅員さんは忙しかった のですね。

忙しい駅員さんの秋の朝 でした。

ちなみに現在の小宮駅は
単線,電化,自動閉塞,駅員無配置です。

2019/09/02

八高線 1973年4月

昔むかし 八高線

1973年4月20日 
いつもの遊び場所 八高線 小宮-拝島間 多摩川橋梁付近です。

こどもの日を前に
カーブの内側に一軒ある民家では”こいのぼり”が泳いでいます。

DD51+トム
73m16-01
多摩川の堤防に立ち
小宮を出た列車が
カーブを右に曲がって築堤を駆け上り多摩川を渡る 
までを追いかけます。

すでに右にカーブしながら築堤上を走ります
キハ35-キハ20×2




16-04
カーブから直線に入ります
16-05



多摩川の右岸堤防を乗り越して橋梁に侵入
16-07
90度くらいの右回転の眺め でした

地形図は昭和24年(1949年)測量で 撮影日より24年も前とかなり古いのですが
1973年当時とは大きな違いはない かもしれない
それぞれの写真はこんな方向で撮られました。
当時の国土地理院の地形図は
販売時と測量時の年の開きが大きく
10年前測量は最新の部類 20年前は当たり前でした。

今,築堤と堤防の間には「八王子水再生センター」が建設されて
八高線が見通しできません。

現在のGooglemapによる鳥観図です。

堤防の上に立ち ①こいのぼりの写真 ②木立の間から見る ③橋梁を渡る

平成19年(2007年)測量の地形図

大きく変貌していることが一目瞭然です。

現代の眺めからは想像がつかない風景 の続きです。
DD51+貨物




キハ35系
16-13
後ろにはキハ17系×2両がつながれていた ようです。
16-15
堤防から DD51 と 大岳山

18-04
18-07
こちらの写真は、昭和48年の撮影ですが
昭和24年測量の地形図と大きく変化していない
と感じてしまうのですが。。。
つづく