2025/06/22

御茶ノ水でお散歩

御茶ノ水まで
 
午後から御茶ノ水で集まりがあったので
少し早めに出かけて 久しぶりの御茶ノ水を お散歩 です。

最寄りの駅から御茶ノ水までJRで最短時間で行くならば 乗車料金と乗車時間は

平塚/東海道線>東京/中央線>御茶ノ水 1h15m 1,170円
平塚>藤沢/小田急>代々木上原/東京メトロ>新御茶ノ水 1h30m 1,060円

時間は15分余計にかかるけれど時間は十分あるし 110円安いので 
小田急メトロで行くことにしてみます。

最近はもっぱらスニーカーでの外出ばかりですが
たまにはと 黒靴を引っ張り出してみました
靴箱に長いことほっぽられた黒靴を久しぶりに引っ張り出して履いてみると
痛みが進み 靴底がはがれる事故をたびたび見てきましたが
自分は大丈夫だろうか やや心配です

藤沢で小田急に乗り換えです
小田急 5000形 藤沢方5460

9号車 5010に乗車です
床板風の車内は 落ち着きのある配色でいいですね

代々木上原で乗り換えです
ちょうどお昼の時間なので 箱そばに寄り道です
駅そば定番の かき揚げそば 550円

代々木上原から新御茶ノ水まで 千代田線に乗車です
東京メトロ 16000系 16609に乗車 
車内は まあ普通です

新御茶ノ水に到着
何十年ぶりかの新御茶ノ水駅は ホームドアが設置されていました

深ぁ~い地下から地上へ出る 長いエスカレータは健在でした
地上に出るとそこには 以前はビルに囲まれていたニコライ堂が
緑の広場に囲まれていて 栄えていました

工事が一段落したJR御茶ノ水駅 聖橋口も立て替えられていました



バリアフリー化のために始まったといわれる 御茶ノ水駅の改良工事
何十年もご無沙汰していた訳ではないのに
あちこちの変わりように やや戸惑い気味のお茶の水行きでした。
つづく


2025/06/21

昔むかし 飯田線 番外編

 昔むかし 飯田線
番外編  1974/10/1改正 ダイヤグラム

このダイヤグラムは 
50年前 1975/6/19-20 に行った ”飯田線の列車を眺める旅” 記事の
資料として作成しました。

飯田線の列車を眺める旅 は
50年前の 1975/6/19-20 に行いましたが
全く細かな行動の記録も記憶もない
あるのは 当時の写真と その写真一枚ごとに書かれた数文字のメモだけ

 その時の細かな行動時間を推測するために作成した 当時のダイヤグラムです。

その結果 十分ではないのですが 概略が判明でき
すでに報告した ”昔むかし 飯田線” の記事が作成できました。


作成に使用する資料は
 国鉄監修 日本交通公社の時刻表 1974年10月号 及び
1975/3月伊那機関区機関車運用表(飯田-辰野間」) です。


主な凡例

※基本的に平日のダイヤです
普通列車:平日時刻のみ記載
優等列車:平日・土休時刻も記載
貨物列車:平日・土休時刻も記載

※線種
実線  :定期列車
破線  :曜日・月日指定で運転される列車
点線  :臨時列車
一点鎖線:運転停車などがある場合に 作者が推測した時刻により作成した列車時刻

※線色
赤  :急行列車
青  :快速列車
黒  :普通列車
緑  :貨物列車 

※特記事項
・「列車を眺めること」を目的に作成していますので 実際の列車の走りとは異なります。
・市販の時刻表からの読み取りですので,回送列車などは記載されていません。
・運転停車なども考慮されていませんので,追突・衝突などがあるかもしれません。
・特に貨物列車は 運用表から10分単位での読み取りですのです。
・追い越し・退避・交換などは 場所・時間とも作者による推測の場合がありますので
 ご注意ください。

ダイヤグラムは
OuDia http://take-okm.a.la9.jp/oudia/index.html  
により作成しています。







2025/06/19

昔むかし 飯田線 7

 昔むかし 飯田線

7 田切ー伊那福岡 

橋梁から田切の大カーブへ 移動してきました

※15:30 608M 伊那4号 上諏訪1414豊橋1912美濃赤坂2127
豊橋<Tc165+M165+M164+Tc165
カーブの内側 田んぼから見上げています
もろに逆光です
カーブの左上から撮影するために移動中している途中の撮影 と思われます
当時の仲間は 165系には全く興味を示さず
場所移動の最中に やってきたので立ち止まって撮影した
そんな感じの一枚です

※15:40頃 4403M こまがね2号 飯田1426→新宿2015
Mc165_M164_Tc165_Tc165>豊橋


※252レ ED181+FC
目的はこれ でした

この列車で今回の撮影は終了 田切駅へ戻ります

※257M 田切1601/257M→辰野1718 旧型Ec4両**Mc3D_Tc47>辰野 

2日間の飯田線を終了し 帰路につきます

この日の午後は 比較的容易に行動の推定が出来ました


辰野からの帰りの列車も当然推測になりますが 次の3本が候補です

辰野1747/14Mあずさ8号→新宿2052
辰野1728/6410Mアルプス6号→新宿2130
季節列車なので日曜日でも6月の運転はちょっと微妙
後は
辰野1729/438M→上諏訪1750/1904/16Mあずさ9号→新宿2145

181系のあずさならば それだ! と言えますが
183系では興味なし
特急ならば特急券が保管されているはず と思ったけれど
当時の新宿駅は特急発着の1,2番線はホーム改札があったので回収されてしまいますね

季節運転のアルプス6号が運転されていたので アルプス普通席で帰った
が有望な気がするのですが
実際はどうだったのか 永遠の謎 としましょう

最後に 飯田線内の全日行動記録です


2025/06/17

昔むかし 飯田線 6


昔むかし

7 田切ー伊那福岡 

上片桐駅1318→247M→田切駅 

田切から伊那福岡方向に歩いて 田切ー伊那福岡間 中田切川の橋梁で 

1228M 1228M Ec3両編成
Mc510r54/d1D6D6D2_Mc52200代/d1D6D7D2_TPgcクハユニ56>豊橋
中央アルプスが見えていないのと 
午後なので 東から西を向いた順光の構図のようです
クハユニ56が連結されているので
前日東上ー野田城間でクハユニ56を連結した1221M
さらにこの日の朝 目撃した 1221Mの辰野折り返し1228M と判断しました

4403M こまがね2号 新宿1030→飯田1532 Mc165+M164Tc165>豊橋

こまがねは アルプスの付属4両での運用なので 通常豊橋側にTcが2両連結なのですが
Tc1両だけの3両での運転が当時あったのかは不明です

※14:50頃 251レ ED19+FC



※15:10頃 255M Ec3両 Mc51_Tc47 100代_Mc43>豊橋



田切の大カーブへ移動しましょう
つづく

2025/06/15

昔むかし 飯田線 5


昔むかし 飯田線
1975/6/16

5  辰野→伊那本郷?

上諏訪で宿泊した翌日
前日は 南寄りの豊橋-本長篠での行動でしたので
この日は 北寄りの飯田-駒ヶ根での行動だったようです。

相変わらず 出発時間 目的地 がわかりません

伊那新町駅

ED18 2+ワフ
この後 この列車は支線に進入していきます
駅の構内から分岐する支線と思われますが ここはどこなのでしょう
列車内からの撮影ですが 列車は辰野から豊橋方面へ向かい 進行右側の車窓です
区間は 午前中の撮影場所へ向かっての移動ですから 辰野ー伊那大島間と思われ
Wkipedia飯田線の項,停車場・施設・接続路線では
七久保駅から右側豊橋向きに ”石油ターミナル専用線” の表示があります。 


当然ながら今は廃止されているでしょうし
GoolgleMapで確認してみても よくわかりません

七久保の支線とするならば この日の撮影地は 七久保以遠なのですが
これまでの写真からは 推測が付きません

この日最初の線路際での写真です
※ Ec2両編成上り Tc68400_Mc53007>豊橋
時間は午前中と思われますが 曇り空で周囲の山も見えず 太陽の陰も見えない
飯田線では 車両の向き/奇数・偶数向き も不定なので
列車の進行方向すら分からず 記憶もまったくありません
 
唯一 RM国鉄時代2006/8月号p45に ”飯田線電車編成表1978/3/31現” の記事があり
Mc53007→豊橋方 Tc68400→辰野方 の記載がありました。

上の写真に記載の車両の向きは
この時から3年後 1978/3/31まで同一の編成であるならば との希望的記載です
以上から この場所は 左が辰野 右が豊橋 と推定です

Ec3両編成 
Mc510r54/d1D6D6D2_Mc52200代/d1D6D7D2_TPgcクハユニ56/d1D6D1D1D1d>豊橋
前日の東上ー野田城間の朝一番では 1221Mにクハユニ56が組み込まれていましたので
写真右 クハユニ56連結側が 豊橋方 確定です
この列車が1221Mであるとすると 11時以降に伊那大島以北の走行なので
絶好の推測標的列車の登場です

以下 上記の列車が1221Mである と仮定して推測を進めます
9512M 急行天竜1号 辰野952→豊橋1320 Tc165+M165+M164+Tc165>豊橋
MM’組込から東海地方配置の165系ですので 急行伊那か天竜
1221Mの後に通過なので9512M天竜1号と推定しました。

さらに 1221Mの前の通過列車は 238M 上諏訪→平岡 と推定でき
238Mは山吹で1221Mと交換ですので
撮影場所も 山吹-上片桐 と推定できます。

4402M こまがね1号 Mc165M’164Tc165Tc165
辰野958→天竜峡1203
増々 山吹ー上片桐間が有望なのですが 撮影場所はピンポイントでは確定ができません。

辰野方面へ 移動します

クハ47116 
車番11*までは読み取れますが3桁目が不鮮明です
配置表によると 114か116ですので 不鮮明ながら 116だと判断します
天竜峡,飯田以北で11時から13時まで 相対ホームで 上下列車の交換がある駅は
飯島駅 伊那市駅 飯田駅 上片桐駅 /Wkipedia飯田線による
伊那市 飯田は街中の駅で雰囲気が違うので 除外
候補は 飯島か上片桐
飯島では 天竜 駒ケ根の後に1221Mクハユニ56が通過なので 上片桐 と推定

よって上記写真の
待機列車は 240M上諏訪1057→上片桐1320→飯田1251
伊那大島から上片桐まで ひと駅間歩いて撮影し
右の後到着列車 247M飯田1246→上片桐1318→上諏訪1521 に乗車し辰野方面に移動

さらに あさイチ乗車列車は 504M 伊那2号辰野844→伊那大島1004 下車
と推定いたします。

移動です

無邪気に遊んでいますね

最大の謎 であった 2日目の午前中の行動をまとめると こんな動きかな
ダイヤグラムにあさイチ乗車列車 504M を水色蛍光ペンでトレースして
改めて眺めてみると
504Mは伊那新地では下り列車と交換していないことに気が付く
次の上諏訪始発238Mだと 伊那新地で231Mと交換
あさイチ乗車列車は231Mか? と再び?マーク

しかし231Mだと伊那大島下車後の撮影列車のつじつまが合わない
やはり この日のあさイチの行動は ?です に後戻りです。
 つづく

2025/06/14

昔むかし 飯田線 4

昔むかし 飯田線

4  本長篠→辰野 乗車

1974/6/14

写真集から推定すると
この日の線路際での撮影は 長篠城ー本長篠間での撮影で終了
辰野方面に移動したようです

本長篠から辰野への乗車列車ははっきりとは分かりませんが

急行券100kmまで200円であることから
603M 急行伊那2号 本長篠1135→1353飯田1400/255M→辰野1701
又は
165系より旧型国電に乗車することを優先して
603M 急行伊那2号 本長篠1135→1215中部天竜1227/257M→1718辰野
のどちらかだと思われますが
旧型国電を選択したような気がしますね

本長篠から辰野まで 乗車中の記録です
ED19 5


※辰野駅
Ec4連 Mc51/d1D5D5D2+ 

ED19 5




ED195 Ec4連 Mc51/d1D5D5D2+


Tc47 104


この当時の辰野駅は 塩嶺トンネル完成前の時期で
中央本線と飯田線の分岐駅として位置づけられていたので
旧型電気機関車 旧型国電の集合地だったようです。
つづく