昔むかし
ちょうど50年前の1974年12月28日から13往復の内3往復の
「とき」に投入された 183系1000番台を見に行こう
と云う 話がありました。
その話を切り出したのは DF901さん
博学の鉄道ファンで 分野は選ばっず 鉄道全てが大好き で
明治の機関車から最新の電車まで
日本だけでなく 海外へも目を向け
あれは好きじゃない などとは一度も聞いたことがない彼 でした。
とき = 冬 = 上越 だったら
やっぱり 雪 でしょう
やっぱり 雪 でしょう
と 今から思うと何とも言えない理由でしたねぇ
年明けに清水トンネルをくぐって新車183系を見に行くなんて
年明けに清水トンネルをくぐって新車183系を見に行くなんて
なるべく早い時間に清水トンネルをくぐることにしようと
上野で始発電車に乗るために
前夜は 東北沢のDF901さん宅に泊まって
それでも 小田急始発では上野始発には間に合わないので
渋谷まで夜明け前の街を歩いて 山手線始発に乗ったのです。
1975年1月6日
乗り換え時間で水上駅に発着する列車を眺めていると やって来ました
2002M とき1号 183系1000番台
落成してから1か月以内
営業開始からまだ10日しかたっていない新車ですから ぴかぴかです
上野方表示幕は”とき”ですが
6号車サロ183-1101の側面行き先表示は 上野行特急”そよかぜ”です
2002Mのはずですが回送? でも客室ドアは開けているし デッキには人がいます
なんか 変ですが 2002Mで側面表示のミスでしょう
とりあえず 早速,この日の目的の半分は達成です
水上駅 急行石打スキー 155系
当時 東京付近では 155系を使用した臨時列車の頻度は多かったので
見る機会はかなり高かったけれど
今から考えると貴重な列車です
当時はフィルムも貴重品
貴重な列車なのに写真はこれ一枚
何ということでしょ たった一枚しか撮っていないなんて
今なら10枚,20枚は当たり前なのに。。。
清水トンネルを抜けて いよいよ上越です
土樽駅 左:723M 右:2004M 特急とき2号 181系
まずは駅撮りで 181系とき を捕獲
当時 181系は マスコミに叩けれていました
良く揺れる 故障が多い ボロボロだ 陳腐化している などなど
初期の車両で16年 そんなに古くは無いけれど
当時の国鉄労働組合は「働かないことが労働者の権利」みたいな
集団だったから そちらの影響が大きかったのかな
それとマスコミの妙な正義感と云うか批判だけ体質
深く勉強もしないで 生半可な聞きかじりの知識で記事にしてしまう
それとマスコミの妙な正義感と云うか批判だけ体質
深く勉強もしないで 生半可な聞きかじりの知識で記事にしてしまう
今でいえば クレーマ ですよね
と だんだん調子に乗ってしまうので この辺でやめておこう
2003M 特急とき3号 183系1000番台
181系が不評だったので この冬から投入された
183系1000番台です
房総特急183系0番台に 耐雪耐寒設備を施し
MG(発電機)などを増設して信頼性向上の改良がされた
と当局がPRした車両です
正確には信頼性を向上させたのではなくて
本当は2台で良いところ3台乗せて 1台壊れてもまだ走れます
つまり冗長性をもたせたのであって 予備品をたくさん実装した車両です
房総の183系0番台は前面貫通ドア付きで 何となく貧弱だったデザインが
1000番台では貫通ドアがなくなり 愛称表示器も大きくなって
形状はこちらの方が好みだった
1000番台では貫通ドアがなくなり 愛称表示器も大きくなって
形状はこちらの方が好みだった
3001M 特急はくたか 485系
生まれは 上野発 信越線経由 大阪行き 特急白鳥 で
直江津で青森発の白鳥と併結して大阪を目指した列車でした
1965年10月 白鳥と分離,区間変更もして
大阪ー青森 列車が 「白鳥」
金沢ー上野 列車が 「はくたか」
となりました。
直江津で青森発の白鳥と併結して大阪を目指した列車でした
1965年10月 白鳥と分離,区間変更もして
大阪ー青森 列車が 「白鳥」
金沢ー上野 列車が 「はくたか」
となりました。
特急車両のシンボル ボンネット形状 でしたが
1972年に183系0番台の登場,485系200番台の登場で
ボンネット形状の先頭車に陰りが見え始めた頃 でした。
さあ ここから歩きで 越後中里方面に向かいます
土樽-越後中里間
2006M 特急とき3号 181系
726M 80系 6両編成
関越自動車道は未開通 なので この風景もまだ健在でした
361M 急行よねやま 165系
2008M 特急とき4号 181系
関越道開通後の現在の撮影地点です
写真引用:GoolgleMap
国道と上越線の間には関越道が横切り河川敷も樹木が茂り 橋梁の橋脚が樹木で隠されて
無残な光景に変わっています
そんな無残になった風景ですが それを切り取り仕上げた写真があります
2019年10月 JR東日本のカレンダー です
ここまでの軌跡です
雪道を越後湯沢方面に歩いて向かいます
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