2020/01/14

1975年 東海道線 清水谷戸付近にて2

何日かの後 再び線路際へ

いまならば「東海道線 東戸塚付近」と題するのでしょうが
当時は東戸塚駅は,まだ存在せず
東戸塚という地名も,存在せず
地名で言うならば今も昔も 戸塚区品濃町 ですね

113系スカ色

クモユニ74
清水谷戸隧道を抜けた下り列車は大きく左にカーブして直線に入ります

153系 クハ153-0番台
この直線部に「東戸塚駅」が出来ます

クハ153-500番台
大目玉の低運転台と高運台車両 国鉄の車両を代表する形状の始まりです

EH10

特急あまぎ 157系
東京-伊豆急下田間を走っていた「あまぎ」
登場時は 横浜も通過する 東京から伊豆へのリゾート列車
神奈川を完璧にまで無視した列車でした

EH1014
現在は横須賀線が走る貨物線
手前の空地が 後の貨物線用地です
歩道橋は今も健在です


この位置の背中に牧場があります
当時は結構 臭かった ですね

EF58140+EF5860+PC荷物

EF65 0番台
EH1063

EH10 オンパレードでした

2020/01/12

1975年 東海道線 清水谷戸付近にて

1975年4月 某社に入社
某社の所在地は横浜市戸塚区
当時の自宅は国立だったので 通うのはちょっと無理
アポートを借りるにもまだ金はないし しょうがない
会社の寮に入ろう
当時の寮は6畳一間に二人住まい
今では信じられない環境ですが まだ純情でした
おとなしく 我慢して 寮住まいが始まりました。
毎晩 寮の年下の先輩と飲み歩いていましたね

寮の所在地は 戸塚区平戸町
いまだと東戸塚駅まで徒歩10分程度の場所ですが
まだ東戸塚駅は出来ていない時代です。
したがって周囲は山の中の田舎 そのまんま
ここは東海道本線 沿線
1964年 東海道新幹線が開通して最盛期からはちょっと,劣りますが
まだ元気な頃の東海道本線です。

国立の中央線に比べれば超格上
線路沿いを散歩しないわけには行きません。

その一枚目の写真がこれ
ベンチレータの形から159系なんですが
フィルムの送りが悪かったようで二重露出で失敗作なんです。

なんとか 形だけはわかるように救済しましたが ガッカリ

散歩の続きは 清水谷戸隧道へ
大目玉の113系 やはりこの運転席形状は大目玉です。

シールドビームはいけません。 貧弱です。
当時は東海道・横須賀分離前なので
横須賀線の列車は大船から東京まで,東海道旅客線の線路を走ります。

山道を登って清水谷戸隧道の上から保土ヶ谷駅方面を望みます。

113系 スカ色
最後尾のクハは非冷房車ですね

307M 急行東海4号 153系 
クハモハモハサハシサロサロサハシの急行用編成からサハシが抜かれた編成です。

寝台特急は優雅な20系の引退は始まりましたが,本数では今が全盛期です。

1レ さくら EF65528+14系



167系 修学旅行色のまんま臨時急行などに使われてました。 
冷房はされてませんけれどもね

3レ はやぶさ EF65538+24系
いま 線路の左は住宅地に変貌 右はこんな草地を維持しています。
そろそろ山を下ります。

5レ みずほ EF65+14系

大分歩いたので今日は ここまで

2020/01/10

お年玉

お年玉 頂きました
自分で 自分への お年玉  ってことが
まあちょっと残念はありですが。。。。

理由はどうであっても 長年気になっていたED61が配属されました

早速 本線試運転です
 単機で低速運転  動作は順調です
ただし ちょっと前の製品なので
スタート・ストップがおもちゃっぽいですね
成形のディテールも最近の製品に比べると ちょっとね

貨車を引っ張って勾配を登らせてみました
連結器をアーノルドカプラーから交換していないので自由に連結は出来ないのですが
一端をアーノルドカプラー 
もう一端をわが鉄仕様のカトーカプラーN 実装したワムが一両だけあります

その車両を機関車の次位に連結しての試運転です
わが鉄の60‰も問題なく 通過 です 

連結器の関係で連結順は少し変ですけれどもね

EF6438 と EF6477 と並べてみました
64は避雷器がパントより前に取り付けられた初期型と
パンタの後ろに取り付けられられた後期型です

1970年前後の八王子機関区にたむろしていた機関車たちです 
この前後の時期に 八王子機関区に配置・留置していた機関車は
EF10 EF11 EF12 EF13 EF15 ED61 EF64 DD13
1960年代ならば
8620 D51 C58
でしょうか  太線車両は 我が鉄にもやって来ますが
まだまだ集めなければ

正面の造りが平面的なので そのうちに
電気連結カプラーやブレーキホースなどを増設してみようかな

当面の課題は 機関車番号は何番にしましょう ですね

2020/01/08

寒さ もう少し楽しみましょう


ただの記録でしかない写真
と
つたない文で綴る

「自遊な時間」 ですが

よろしければ今年もお付き合いください




2020/01/07

2014年豪雪 雪のあと

平成26年豪雪 のあと
翌日は快晴だったにもかかわらず
吹き溜まりや 夏タイヤ車のスタックで
通行止めばかりだったので 残念ながら動きがとれませんでした。

翌々日 2016年2月16日 この日も快晴だったので
東海道新幹線 横浜-小田原間 
雪景色の中の新幹線 を狙って
雪のあと鉄 でした。

10:13 JRC 700系
平塚でも30cm近い積雪だったので  雪の原 を期待したのですが
おや まあ

所々土が見えるほど 雪が解けているんですよね
10:16 JRC N700系
ここは昨日,吹き溜まりがあって 通行止めになった所の近くなのに
たった一日で こんなに溶けるものなんですね
湿った雪と 太陽の力とはすごい と云うより やや残念

ここは 左に富士山 正面に丹沢山地・大山を望む 
新幹線随一の景勝地 
と私が呼ぶ場所 
なにしろ16両400mの新幹線の編成が 防音壁なしに横から見れる所 ですから
新幹線随一 と勝手に読んでも良い位素晴らしい所 なのです。
ただ鉄塔と高圧線が 邪魔 なんですけどね

10:28 JRC N700系

10:55 JRC N700A系


 10:39 N700A系

10:49 700系
こちらは富士山の左側 箱根の山をが後ろに広がります 

真っ青な空,箱根の山,富士山,丹沢も雪をかぶっているので
いろいろと歩き回りながらカメラを構えています。

10:58 JRC N700系 
 この日の富士山 山肌が荒れているように見えます

11:01 JRC 700系
 右斜面はきれいな肌ですが 左斜面は凸凹に見えます

11:13 JRW 700系
 雪煙が上がっているので そのせいでしょうか?

11:18 JRC N700A

11:19 JRW 700系

11:25 JRC N700系 と 700系 のすれ違いです
 左が上り 右が下りです

手前が下り(すでに左) 奥が上り(右) です

 大山をバックに
11:28 JRC N700系
先頭車両 乗務員ドアの上の山ひだに 上に延びる白い直線が見えます 

大山の大山登山ケーブルーの線路です
屋根のすぐ上に左右に線が広がったすれ違い場所が見えています
直線の上部は「阿夫利神社駅」 緑色のケーブルカーが止まっているの見えています。

見えませんかぁ? 違う角度で撮った写真ではどうでしょう?

どうです 見えたでしょう?
新幹線とケーブルカーが一緒に写っている のですね

11:31 JRC 700系
撮影を始めて2時間足らずなのに 畑の雪はどんどん少なっているようです

11:49 JRC 700系
 5年前のこの日は 700系もかなりの本数で走って来ますが
今営業運転しているの1往復のみとか

11:58 JRC N700系 
N700 N700S改 N700S は形式こそ違いますが外観はほぼ同じ

12:25 JRC 700系
700系は 客室窓が大きく 前部のライトが運転席の下に並んでいます 

12:25 JRC N700系
 N700系は 客室の窓が小さく 前部標識灯が左右の下に下がっています
また後ろから3つ目の窓あたりで屋根に段差があります

12:31 JRW 700系
 JRWの700系は 乗務員ドアの前に JR700 と記入されています

12:39 JRC N700A系
N700とN700Aの外観に違いは 私にはわかりません
見分け方は 二両目の文字が ”N700A" と書かれているから だけです。
つまらないですね 同じ形 同じと塗装色 なんて 

12:43 700系

12:43 700系

同じような写真ばかり量産してしまいました。
その間に 雪は益々解けて 畑の土がむき出しになってしまい
あんなに大騒ぎした豪雪だったのに あっという間の雪解けでした。

ちなみにこの日の前日,豪雪の翌日の朝は,
 ここらあたり一帯の平塚と伊勢原方面を結ぶ道路は
吹き溜まりで通行止め, 両方向スタック車で通行止め と
完全に交通マヒの状態だったのですけれどもね

今年の冬は
たくさんの雪に出会えるのでしょうか?
冬の雪
それを楽しみに
夏の暑さを耐え忍んで過ごしてきたのですから。。。