三日目の午前中は,新見機関区を訪問
北多摩で育った世間知らずの自分には、
あんなにたくさんの蒸気機関車を見るのは初めての体験でした。
午後は自由行動だったので先輩にくっ付いて鉄道撮りです。
手に入れたばかりの一眼レフカメラで,初めて鉄道写真を撮ろう!っていうのです。
どこへ連れて行っていただけるのでしょうか?
そして どんな写真が撮れたのでしょうかね
初めての経験の連続です。
伯備線での走行写真,一枚目は
備中神代駅(びっちゅうこうじろ)に進入する 特急おき です。
走行写真とはいってもゆっくり走っているので ピントも合わせられたようです。
あと追いは,シャッターを押しただけの写真です。
とはいっても今この写真を見て気が付くのは
駅名板が「こうじろ」であること
この駅の下り方は開けていたが,上り方は駅構内の先はトンネルであること と
DE10けん引の貨物が特急通過のために退避していたこと が解ります。
その辺が 鉄道記録写真 ですね。
D51723+客車 新見1440発の923レ客車列車のようです。
ピントがイマイチです。
D5117+貨物 これもピンボケです。
動いている物にはピントが合わせるのが難しいようです。
備中神代駅と布原信号所間の地形図です。
撮影場所を地形図で確認してみると +印 の橋梁のようです。
新見からロケハンしながら備中神代で下車して
トンネルを歩いた記憶がありますから,布原方向に戻りながら撮影したようですね。
下りの 特急おき です。
GoogleMapで確認すると ここかな? なにしろ上は47年前,下は現在ですからねぇ
特急おき 上の写真を撮った後,橋梁の下をくぐって後追で撮ったようです。
覚えてはいませんが・・・
この橋梁は GoogleMapのここ でしょう。
対岸の橋梁下をくぐる道が同じで,家も同じ位置に立っています。
ずばりの時刻表が無くて列車の特定ができないのですが
この時の特急おきは,急行おきの置き換え一往復のみなので
基本的な時刻は1968年10月改正時刻と変わらないと考えてもいいかな とすると
923レ 新見1440? 以下?マークを付けて推測列車を記入します。
DE101078牽引の客車列車
これも後追で
DE10+貨物列車 貨物列車は当時の時刻表がないのでお手上げ!
C58+客車列車 924レ 備中神代1606?
これにて本日の行動は終了,撤収です。
線路沿いを歩いて布原方向へ向かいます。
この線路脇歩行も記憶になかったのですが
GoogleMapでの検索から ここかな? と
このMapでも線路際建つ民家は同じような形で今もあるようです。
この付近は47年前とあまり変わっていないようです。
すごいですね
47年前と景観がほとんど変わっていないこの地域に驚きです。
そして GoogleMap で中国地方の山の中の地形が俯瞰できるとは
ネットで見られる国土地理院の地形図と GoogleMap
このふたつで 遊びの世界が広がります。
つづく
一日目は 夜行列車
二日目は 大阪 → 姫路 → 岡山 → 新見
三日目は まず新見機関区への訪問です。
初めて蒸気機関車に触れるのです。
見るのでも,乗るのでもありません。 触れてしまうのです。
朝 新見機関区を訪問して, 職員の方々からお話を伺う。
色々なお話を聞いた のだが覚えているのはこれ
その年の4月21日 D51838によるお召列車 のお話
保存されている その時の仕業表
機関士はこの表に基づいて機関車を運転するのです。
お召列車は,入念な整備と装飾が施され その一つが 左の本務機用デフ飾り
お召列車を運転した ってことはとても名誉なことなんですね。
職員の方々からもそれが感じられました。
右は予備機用デフ飾り
そして お召機関車 本務機 D51838
すでに数か月たったのであちこち汚れてますけれども
こんな風に 当時は登れてしまうのです。
以下 新見機関区構内です。
うれしそうな顔しているのは だれ?
機関区では結構長居してしまったんで
以下つづく
鉄への入門は 乗り鉄でも,撮り鉄でもなく 時刻表でした と
前に 「鉄の原点」
https://tsc151.blogspot.com/2018/04/blog-post_22.html
に ちょっと詳しく書きましたので もしよろしければ。
時期は小学校低学年
そのころの自分が知っている鉄道は,東京都北多摩郡を東西に走る 中央線
茶色の73系からオレンジバーミリオンの101系に変わり
時々スカ色の71系やキハ58の準急・急行が走っている
立川飛行場への引き込み線には、普段は遊歩道になっていたが
たまに86が引っ張るタンクがやってきて,そのうち86はDD13に変わった
そんな時代でした。
そして中学・高校時代も
運動音痴にも関わらず、まだブーム前のサッカーに熱中していた少年で
鉄道に関しては、近所の線路脇でちら見程度
模型雑誌や鉄道雑誌,時刻表からの情報ぐらいで
近所の鉄 だけで満足してしまう,
おとなしく,向上心も足りない もしかしたら鉄道が好きな少年でした。
ちょっと足を延ばせは 八王子にはD51とかC58がいたのに
近所の鉄道以外には まったく無関心 でした。
そんな近所以外は無関心鉄人が外界を知るきっかけは
サークル1年の時の,伯備線での合宿旅行でした。
遅咲き? いやいや咲いてない ただ付いて行っただけだから
それは
1971年8月15日 東京駅22:30発の 銀河2号 スハ44 3 での旅立ちでした。
アルバイトで買ったばかりのカメラは、ミノルタSRT101
撮り鉄ではなかったので 東京駅のホームの様子も
銀河を牽引するEF58機関車も
乗車したスハ44の外観も車内風景も
一枚の写真もありません。
残っているフィルムの一コマ目はこの写真
この駅はどこだろう?
東京からは銀河,かつては特急つばめ,はとに使用されていたスハ44系の乗車も
大阪まで10時間乗ってちょっと変化がほしくなった という軟弱な理由で
乗り換えた伯耆1号, 神戸を出た後の停車駅は,
明石907,加古川925,姫路942の3駅なので,そのうちの一駅でしょう。
その次の一コマは,最初の写真の遠くに見えている列車の接近写真ですね。
後の高架は工事中の山陽新幹線でしょうから ここは姫路駅 でしょう。
EF5898を先頭に スハフ42,スハ43らしき車両の後ろはスハネでしょうか?
当時の時刻表は白紙大改正を除いて処分してしまったので列車の特定が?
時刻表の処分は大失敗でしたねぇ
なので現在持って居るこの頃の時刻表は
1968年10月号 あの有名なヨンサントウ大時刻白紙改正号
1972年3月号 新幹線岡山開業 の2冊だけ
この間にも小さな変更はたくさんあって たとえば
大阪では新快速が走り始めた とか
急行霧島が 特急きりしま になった とか
伯備線にも 特急おき が走り始めた とか
それなりのことがたくさんあったのです。
いまその時の時刻表を古本屋で買えば 5,000円前後もするらしい。
たった180円時刻表が5,000円 あぁあ~~
それが その 特急きりしま 581系
特急うずしお1号 クロ151改造のクロハ151が先頭に連結されています。
写っている列車はなんなんだろう??? の大問題は未解決のまんまで先に進みます。
岡山駅で集合したハズで ただそのあとの行動は各研究斑ごと だったので,
集まって何かしたか? の記憶も定かではないのです。
つまり なにも覚えていない のです。
何しろ 47年前のことですから・・・
私は先輩のMuさん,Taさん,同じ学年のHiさんと4人で「車両斑」
つまり字の通り 車両について調べる
なので最初に行ったところは「岡山気動車区」
キハ20
ただし 写真を撮りに行ったのではなくて
この年の研究テーマは「伯備線」に関するいろいろな事項を
機関区の職員の方々に教えていただきに行ったのでした。
まあ簡単にいうと 伯備線は岡山と米子を結ぶ亜幹線なんですが
翌年1972年3月に新幹線が岡山まで開通すると
山陽と山陰の連絡網の重要な路線になるのではないか?
と大きな期待が寄せられていました。
そこで 我々はどのように変化していくの? って研究をしてみよう
ってテーマにした訳ですね。 表向きは・・・
裏では 伯備線の布原でD51三重連の列車が走っていたので それもついでに
というか どちらがついでなのか??? らしいです。
でもそれは上級生が決めたこと, わたしら一年は従うだけですから はい!
岡山気動車区は岡山駅のすぐ隣
この写真はお話を聞かせていただいた後,構内の写真を撮らせてもらったのです。
案内の方が同行されたようです。
キハユニ15 1
当時は,事前に目的,訪問日時,人数などを連絡すると
大抵は許可されて,お話が聞けて,構内も見学させていただけました。
場所によっては 個人が当日お願いしてもOK でしたから。
キハ17 10
機関区内の見学も終了,
いよいよ伯備線に乗車です。
乗った列車は たぶん 945D岡山1512 だと思います。
備中広瀬駅 昔の駅舎ですが当時はこれが当たり前
方谷(ほうこく)駅で 924レ C58199 と交換
新見着1733
この日は新見のユースホステル泊りです。
近所の鉄道以外を知る旅 二日目はこんな写真が残っていました。
つづく
日本一 あるいは東洋一 と表記されている 八千穂高原のシラカンバ林
シラカンバの林だけでも素晴らしいのだけれど
それにレンゲツツジのオレンジが加わるこの季節は もう絶品
ちょっと紹介が遅れてしまったので 今は ミドリと白と青 かな?
シラカンバの白い樹皮と黄緑の若葉,そしてレンゲツツジのオレンジと青空
ベニバナイチヤクソウ
本州の中部だと標高1000m以上の山の木陰で見ることができる